60
「……誠であったか」
女性は光を纏ったまま、ゆっくりと立ち上がりヨシヤを振り返る。
そして優美な仕草で仮面を外し、床に落としたかと思うと深く、深く頭を下げたのである。
それに驚いたのはヨシヤだ。
「女神の使者様、疑った言動の数々、誠に申し訳ございませんでした」
「えっ、えええ!? あの、あの、頭、そう! 頭を上げてください!」
「改めて名乗らせていただきとうございます。妾はクローディア。この国の王太子妃にございます」
ヨシヤの慌てっぷりをよそに、女性は顔を上げたかと思うとにこりと微笑んだ。
仮面に隠されていた顔はとても美しく、また若い。
その表情は朗らかで、穏やかだった。
だがその美貌に目を奪われる暇もなく、ヨシヤは彼女が放った言葉に驚かされた。
そうだ、八木ですら目を丸くして口をぱかりと開けているではないか。
「えええええええええええええええええ!?」
「おかげさまを持ちまして、女神ブロッサム様よりありがたきお言葉も賜ることができました」
(えええええええええええええええええ!?)
「妾が子を宿すことさえできれば、国内で愚かなる争いもいくつかは防ぐことができますれば。民にも迷惑をかけずに済むこと、本当に喜ばしく思います」
そりゃあ辺境伯がくれぐれもと言っていたわけだとヨシヤは顎が外れる思いだ。
同じ領主仲間、或いは王家を支える仲間の高位貴族……くらいの想像でいたらその予想を遙かに上回る大物が相談してくるなど誰が思っただろうか?
八木も今になって吹っかけたことを後悔しているらしく、冷や汗を流している。
「しかし、本当に助かりました」
「あ、いえ……」
「これで得体の知れない『勇者』を頼らずとも済むと思うと、本当にありがたく……」
「……勇者」
そういえばそんな話をちらほら聞くなあとヨシヤは目を瞬かせた。
お礼の代わりにそのことを教えてくれないかとクローディアに問うと、彼女は目を丸くして答えてくれた。
「実は隣国の宗教国家の方で女性の勇者が現れたという話なのです。特別な力を持ち、人々を救済するために旅に出たという話で……何かあればその方を頼るようにとそちらから連絡が来ました。寄付を期待してのことでしょう」
「……実在する人なんですか」
「疑うのも無理はありませんが、どうやら本当に旅をしている女性はいるようです。自分はこの世界の者ではなく、同じように異界から来たある人を探していると……」
「異界……」
その言葉にヨシヤはなぜだか嫌な予感を覚えた。
グッと拳を握り、眉間に皺がよる。
そんな様子のヨシヤを見たことがない八木が不思議そうに首を傾げたが、今は彼に構っていられない。
「その勇者の名前はわかりますか」
「はい。ダイア・ソトギというらしいですが……何かご存じで?」
「ああ、やっぱり……!!」
ヨシヤはその名を聞いて今にも膝から崩れ落ちそうだ。
だが彼は一つ息を大きく吸ってから、クローディアに向かっていった。
「おそらく、その勇者が探しているのは俺です……!」