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鑑定の結果、それは微弱な〝毒〟であった。
だが当然のことながら薬は過剰摂取すれば毒であり、毒から解毒薬が作られることも周知の事実。
それゆえにその草に含まれる毒を用いて避妊の薬として用い、そして強めることで堕胎の薬にしているのだ……ということを使用人の一人が細かく説明するのを、ヨシヤはぼんやりと聞いていた。
へえ、すごいなあ。
そのくらいの感覚である。
要するに、展開にまるでついていけていないのだ。
さもありなん。
ヨシヤからしてみれば八木を馬鹿にした男を連れた女性からの依頼、お断りしようとしたら何故か男が排除され、八木とその女性で交渉をする……というような流れである。
彼は自分が主導となってあれこれとかっこ良くバシッと決められる人間でないと自覚しているのでそのことについては文句などない。
ないが、ついていけないのばかりはしょうがないのではなかろうか。
とりあえずポカンと口を開けるというようなことをしていないだけマシと思ってもらいたいところである。
「さて、それではこちらの蜂蜜を」
たらりと美しい黄金色が、用意された小皿に注がれる。
ふんわりと香る蜂蜜の甘い匂いに、ヨシヤはハナが作るプリンがとてつもなく恋しくなった!
「失礼いたします」
まず草の一部を食み、ただの青臭い草だと答えた使用人が続いて草に蜂蜜をまぶし口にする。
その途端に眉間に皺がよった。きゅっと寄るのをヨシヤははっきりと見た。
「これは……恐ろしく、苦い……いや、苦いというかえぐみが酷い!」
「不思議ですよねえ」
コロコロ笑う八木はその味をもしかして知っていたのだろうか?
そんなことをヨシヤは思ったが、きゅっと彼も口を引き結ぶ。大事なところでは無駄な言葉を挟まない。かつて若かりし頃お世話になった営業の先輩が言っていた。
ヨシヤは言われたことはちゃんと覚えているタイプなのだ!
「そしてこちらの薬は……一回でどの程度?」
「さて……この小瓶一つで一回分だったかと思いますが、味を試すだけならば一滴でもいいのは?」
どうするかと話し合う彼らの結論が出そうにないので、ヨシヤはそっと八木に尋ねた。
こういうのはタイミングだ。
何故かこっそりヨシヤの腰にある道具袋から蟻が一匹顔を覗かせているのが気になるが、八木はなんとなく手を伸ばしてその頭を撫でたのだった。
「あれ、蜂蜜じゃないとだめなの?」
「まあそうですね、蜂蜜というのは実は魔力を含んでおりまして……それが反応しているのです。あの草も実は魔力を含んでおります」
「えっ」
「ですがあれは人間族には感じ取れないほどの微量な物なのです。故に毒にも薬にもなります」
「八木さん……?」
「いえ、実は今日ギルドで罵倒されたときに自分のことをいくつか思い出しまして……そちらについては神域に戻ってからゆっくりお話しさせていただいても?」
「えっ、記憶を取り戻したの!?」
「はい」
「よかったねえ、本当に良かった……」
「ヨシヤ様……」
心底喜んでくれているようなヨシヤに八木の良心が痛んだ!
しかしこれで正体を明かすのはきっと自然に見えるだろうし、悪魔族だと知っても夫妻も神域に生きる者たちも八木を否定しないと彼は信じている。
このままずっと仕えさせてもらいたいのだ、だったらこの嘘をとっととなくしたいのでこれ幸いとここにいる連中を利用させてもらって何が悪い。
そう、八木はやはり悪魔だった。
自分が嘘をついたことを棚に上げ、罵倒されたショックで記憶を取り戻したのだという哀れさを演出するのだからこれを悪魔と呼ばず何と言う。
真実は山羊頭の腹の中。
「悪魔族は魔力の扱いに長け、そのために薬草にも詳しゅうございます。あの草は雑草としてこの国によく生えておりますが、この国には魔脈と呼ばれるものがございまして、それらが影響してよく植物が育つのです」
「へえ……」
「ただ弊害としては魔力の相性が悪いとあのように、反発し合うことがありまして……」
「それが苦みやえぐみになっているってこと?」
「さようにございます。特にあの蜂蜜は魔力をふんだんに含んでおりますから、いっとう苦いでしょうなあ」
くつくつ笑う八木の姿は酷く嗜虐心に満ちたもので、そっとヨシヤは笑みを引きつらせて道具袋から頭を出している蟻の頭を撫でて平静を取り戻すのであった。