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「実はこちらで本日、偶然に、ええ、ええ、本当に偶然なのですが! 持ち合わせておりますこちらの蜂蜜。これが役に立つのです」
「え? これ?」
まるで店頭販売員のようにやや胡散臭いほどの大袈裟な身振り手振りを交えた八木の声に、思わずヨシヤは蜂蜜の瓶を一つ取り出した。
金色に輝くとろりとしたそれは、どこからどう見ても蜂蜜だ。というか、蜂蜜でしかない。
「ただの蜂蜜だけど……」
「とはいえ、純度が高く、魔力を含んだ蜂蜜ですよヨシヤ様」
「ああ、そういやそうか」
でも味はただの蜂蜜だ。
神域に咲く花の中でお気に入りがあるらしく、その花だけから作っているおかげで味わいに曇りもないしはっちゃんたちの努力が垣間見える逸品である。
どうやら最近のはっちゃんたちはヨシヤやハナに喜んでもらうべく、涙ぐましい努力を重ねているのだ。
ちなみに最近では二人が百花蜜と呼ばれる多くの花から作ったものよりも、一つの花から作った蜜の方が好みそうだと気づいた彼らが意図してそう作っていると八木は気づいていたがヨシヤは知らない。
更に言うと神域でしか咲かない特別な花だけから作られた蜜ならより喜んでもらえるのでは? と今はそれを一生懸命作っているのだが、それは八木も知らない事実だ。
蜂たちも、ヨシヤが大好きなのだ!!
相変わらず甘えに行くと一瞬ヨシヤは身構えてしまうのだけれども。
それはさておき。
「これはあまり知られていない話なのですが、その草というのは不思議なことに純度の高い蜂蜜をかけると酷く苦くなるのです」
「……では料理にその蜂蜜を混ぜれば?」
「残念ながら、加熱するとどうかまではわかりませんが。わたくしめが知る限りで申しますと、その薬を服用した女が客から与えられた上質の蜂蜜酒を飲んだら、酷く苦くて大変だったという話があるくらいですね」
八木は一体どこからそんな知識を手に入れたのだろうか、ヨシヤは目を丸くするばかりだ。
そんなヨシヤに八木はそっと彼にだけ聞えるよう囁いた。
「しかもそちらの蜂蜜は神域の穢れなき土地で作られ、魔力が潤沢に含まれた最高級の蜂蜜です。呪いすらも打ち消す効果など期待して売りつけるのもありですよ」
「八木さん、商売人……!!」
実際ヨシヤが今になって蜂蜜を鑑定したところ、『体力回復効果(大)』『万能薬(小)』とあったのでとんでもないもののようだ。
(俺……これをレストランに売ろうとしなかったかな……?)
いや、きっと美味しさに比例してのことなのだから良心的なレストランで多くの人に喜ばれる料理となるならそれはそれでいいことなのだが。
ただそのせいで『あそこのレストランの料理を食べると具合が良くなる』なんて噂が立って定期的に蜂蜜を卸さないといけない事態になったらそれはそれで困るなとヨシヤはどこか他人事のように思いながら、乾いた笑いを浮かべる。
人はどうにもならない事態に直面すると、笑ってしまうものなのだ。
「……それは誠の話であろうな?」
「では試してみましょうか」
「何?」
「ヨシヤ様、お力をお貸し願えませんか」
「え? あ、ああ。勿論いいよ」
八木が言うには蜂たちにはその植物がわかるはずだというのだ。
どうやら情報収集を町中でも小型の蟻や蜂を展開することで、彼らは情報網を作っているらしい。恐ろしいことである。
(し、知らなかったんだけど!?)
まあ基本的に平和に生きているヨシヤとハナの二人を守るためのものなので、彼らを害そうだとか神殿に迷惑をかけそうな連中がいるかどうかを調べているだけで害はない。おそらく。多分。
時折その情報網に八木がお願いしたことを調べる、というような利用をされていると知らされてヨシヤは顎が外れるかと思ったが、なんとか耐えた。
客の前だからね!!
そして八木の頼みとは、例の薬とその元である草の入手だったのだ。
ヨシヤの胸元でブローチに擬態していた蜂が羽を震わせる。
ブゥンと小さくも鋭い音がして、それに答えるかのようにどこからかブゥンと音が聞えた。
そして気づけば、何匹かの蜂が窓から侵入して小瓶と草をパラパラと全員が囲むテーブルの上に落としたのである。
「こ、これは……」
驚く使用人や護衛を前に、八木が恐ろしい笑顔(おそらくはただの笑顔である)を浮かべ恭しく頭を下げた。
「これがその品々にございますが、お疑いの方もおいででしょう。鑑定などしていただいて構いません。その上で先ほどの話、ご確認をよろしくお願いいたします」
「……よかろう。どうせ、藁にも縋る思いゆえ、な……。おい」
「か、かしこりました!」
「この者は商売の神より加護で鑑定の能力を授かっている。虚偽があればそちらには妾を謀った罪として多少なりとも文句を言わせてもらうが……それでよいな?」
「勿論ですとも。ねえ、ヨシヤ様!」
「え? あ、ああ、うん」
疑っちゃいないが自分のわからないところでどんどん話が進むことにヨシヤは目を丸くするしかできず、ただ頷くしかできないのであった。




