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「良い従者をお持ちのようだ。妾が何者かは語るまい、もしもこの願いが叶った暁には名を明かし、そなたらに好きなだけ褒美を取らせると約束しよう」
「……はあ、でも」
ヨシヤは尊大な物言いの女性に、困惑した視線を向ける。
八木が彼を庇ってくれているのはわかったが、一度帰ると宣言している以上ここにいつまでもいるのは格好がつかない気がしたのだ。
(あ、でも)
女性の上に、いつものバーが鎮座しているのが見える。
それも悪い方向に振り切っているどころか、なんだか知らないが厳重に鎖でぎっちぎちに巻かれているではないか。
「……お悩みを、聞くだけ聞いてでの判断となりますが」
「それで十分じゃ」
今までも呪いだの逆子だの、色々とゲージは見て来たがこの鎖は見たことがないヨシヤとしては自分の手に余るのではないかと思わず心配になってしまった。
女性もヨシヤの視線に気づいたのだろう、困惑した様子だ。
「……どうやら使い殿には何か見えているようじゃな」
「あの、不躾ですけど悩みはやはりお子を授からないとかその辺でしょうか?」
「そうじゃ」
ストレートな質問に周囲の表情が強張る中、女性だけは鷹揚に頷いた。
さすがに切り込み方ってモンがあったかとヨシヤは反省しつつも、女性の言葉を待つ。
こういうときに弱い顔を見せると大体付け入られてこちらが損をするのだということくらいはヨシヤもよく知っている。
昔、保険のオバさんが困っているのを同情してしまったら余分に入らされたのは苦い思い出だ。
その時はハナが苦笑しながら解約の手続きをとってくれたが、今回も上手く片付くとは限らない。
「妾は妊娠せねばならぬ。政略結婚をしたので愛がどうのこうのという可愛い問題ではなくての。すでに五年、懐妊の兆しもない。力関係などもあるゆえに、夫に他の女性をあてがうにも気を遣う必要があるのじゃ」
「はあ」
いくら妻に子ができないからって他の女性の話をその当人がするというのは中々エグいなとヨシヤは思う。
彼が暮らしていた土地とはまた違う環境だから仕方ないのだろうか、いや、地方だと長男の嫁は妊娠しないとあれこれうるさく言われることもあるなんて話を客から聞いたこともあるので厳しいところはどこも厳しいのかもしれない。
そうなれば、この女性が苦労の果てに悩みに悩んでヨシヤに……ハナに縋るのも仕方がないように思えた。
「妾が自然に懐妊できるか、あるいはできぬ体なのか。まずそれはわかるじゃろうか?」
「……少しだけお待ちいただいても?」
「よかろう」
そっとヨシヤはハナを思う。
すぐに、妻から返事があった。
「女神よりの神託です。貴女は自然妊娠ができますが、今は薬と呪いにより無理であること。そして男性側も同じ状態にさせられているから無理なのだと……」
「なんじゃと!?」
ガタンと大きな音を立てて立ち上がる女性と、色めき立つ使用人たちにヨシヤは思わず肩を跳ねさせたが言葉を続けた。
「これは推察に過ぎませんが、双方にしっかりと妊娠しないよう対応をした上で貴女以外の女性をご夫君に勧め、その際は薬も呪いも解除して懐妊を狙うのではないでしょうか」
「……その可能性は大いにあるの」
「し、しかし奥様の飲食については全て毒味が……」
ヨシヤの言葉を信じ切れないらしい使用人たちと、心当たりがあるのか納得がいったのか落ち着いた様子の女性。
それも致し方ないとヨシヤはなんとも言えない気持ちで彼らが落ち着くのを待つばかり。
そんな中、八木が手を挙げた。
「おそらく、ヨシヤ様がそうと仰るのであればわたくしめに心当たりがございます」
「八木さん?」
「本来でしたらば毒でもなんでもない、弱い市販の避妊薬。まあと申しましても避妊率は約二分の一といったところでしょうか……場末の娼婦が使うような安い薬でございます。無味無臭と聞いたことがありますし、元が道端に生えている草ですから……」
「そこに呪いを加えたと?」
「で、あれば毒味はほぼ意味をなさぬかと」
「……もしその薬が食事に混入されていたとして、気づく方法はあるのかえ」
「ございますとも」
八木がにっこり笑う。
どう見ても八木が山羊にしか見えないので、笑っているのかどうかと聞かれるとなんとなく……とヨシヤはそんなことを思うのだった。




