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季節は、夏を迎えていた。
……主に神域の外で。
神域は基本的に季節というものがない。
その世界を司る神――つまり、ハナのさじ加減といったところか。
彼女にとって大切なのは夫と、そしてこの神域に住まう生物たちがいかに暮らしやすいかである。
ゆえに過ごしやすい気候に常時設定しているのだ。
特にヨシヤは外へと行商に出る際は暑い思いをしているので、帰ってきた時には涼んで貰いたいと一部に氷山なんかも作ってみたりしちゃって氷を八木とメイド鳥部隊に頼んで採掘してもらって使用している。
ちなみに蟻たちに頼むと彼らは動きが鈍くなってしまい、可哀想だと思ったが小さな氷の粒に楽しむ姿が見えたのでなかなか平和である。
だがそんな中、いつものように森へ果物採取に出た蟻たちが八木の入れた特製ハーブティーを飲みながら寛ぐ夫婦の元にやってきたことで騒がしくなる。
そう、物理的に。
「……で?」
ミィンミンミンミン……
「ええと」
ミィンミンミンミン……
「だから」
シィワシィワシィワ……
「なにも聞えない……!!」
そう、神域にも夏が来たのである。
夏の風物詩、セミ――彼らが直訴に。
それもこれもあっちゃんの子供たちがお散歩という名の果物採取に出かけた際のことだ。
さすがに外の世界では季節があるため、密林などに行ったところで必ず果物が実っているとは限らない。
ましてや弱肉強食のジャングルである。
美味しい実などあれば強者が取って食っている。
それを蟻たちは探し出してヨシヤやハナに食べて貰おうと日夜努力を重ねているのだ。
それはともかく。
そんな中で、彼らはそのセミに出会った。
さなぎからちょうど羽化しようとしているその姿には蟻たちもつい力を込めて応援を……と思った矢先に巨大な昆虫系魔物が現れてセミを狙ったのである。
当然、応援していた弱い命を蟻たちは守り、そしてセミは無事に羽化することができた。
だがまあ、察しの良い人は気づいているだろうがこのセミもまた、昆虫系の魔物である。 そのセミはいまや、森の中で追いやられる存在となっていた。
地中で生まれ、そして羽化して同族と番い、一夏の間鳴いて恋して番ってそして次代へと繋ぐ……その当たり前が難しくなっているというのだ。
そして助けてくれた蟻たちに彼は問うたのだ。
自分の同族を見なかったか、と――。
蟻たちはみな顔を見合わせて相談し合い、ならば今こそ女神の出番で間違いない。
そう思って案内してきたのだ。
「うん、事情はわかった」
じぃわじぃわじぃわじぃわ
「でももうちょっと、そう、もうちょっとでいいから静かにして?」
かな、かなかなかなかな……
「バリエーション豊かだね!?」
一匹の巨大なセミが木に張り付いて鳴き声という訴えを上げるのを、ヨシヤは今日も精一杯突っ込んでいくのであった。