幕間 山羊? いいえ、悪魔です。
我が輩は悪魔である。
世にも名高き悪魔のヴァフォメット一族の一人だ!
残念なことに砂漠で巨大な蜘蛛に囚われ命の危機に瀕したのだが……。
あれはしょうがない。
我が輩、知性に富んだ悪魔なので力で来られると負けちゃう。世の摂理。
救われた先には人の良さそうな獲物……もとい、ご主人様がいた。
恐ろしく清らかな土地に住まう清らかな魂を持つ夫妻! これは我が輩、一気に悪魔として躍進できる大チャンス!!
と思ったのも束の間だ。
我が輩を取り囲むのはあの蜘蛛以上に恐ろしい蟻たちの軍団だったのだ。
しかもその蟻たちだけでなく、気配を探ればこちらに狙いを定める巨大な蜂もいる様子。
そんな恐ろしい存在たちが、目の前の夫妻を守っているのだ。
思わず自分の素性を伏せて『獣人である』と告げて記憶が曖昧であると述べ、同情を買うことにした。我が輩、頭いい!
お人好しなご主人たちはあっさりとそれを信じ、尽くしたいという我が輩の願いを聞き届け『八木』という名を与えてくれた。
なんと奥方は女神で、ご主人様はその眷属。
あらやだ躍進しちゃった。
「八木さん? どうしたんだい?」
「いいえ、ご主人様! 幸せを噛みしめております!!」
「そ、そうかい? ハナの料理は美味しいからねえ。それにしても掃除や洗濯、果物の採取まで幅広くそんなに動いて体は大丈夫?」
「大丈夫です!」
いや本当は我が輩、頭脳派なんでこういう肉体労働は好きじゃないんですが……掃除は好きですけど。
なんかね、働いてないと蟻たちが怖いんですよね。
働かざる者食うべからず、そう言われているような気がして……もうちょっと猶予を持たせて貰いたい。
我が輩がこの神域でどのように役立つのか、考える時間がほしい!
「そういえばご主人様は信徒の獲得に尽力なさっているのですよね」
「うん、そうだよ~」
「であれば、王都などを目指してみては? 珍しい品も多いと聞きますし、奥様にお土産も買えると思いますし……」
「王都かあ」
「護衛は蟻たちもいますし、なんならワタシもお供としてつけばそこそこの商人だと印象づけることも出来るのでは」
決してご主人を利用してさらなる野望を……とかは考えていない。
一緒に過ごしてわかったのだが、ここの夫婦は野望なんてないのだ。
それが歯がゆいと思ったのは最初だけで、ここには我が輩を追い立てるものがなに一つないということに気づいてからはこういう生活もいいなあと素直に受け入れることができるようになったのだ。
そう、我が輩は一族の中ではどちらかといえば出来損ないと呼ばれる側だった。
人を堕落させることは苦手だったし、お金勘定とか商業に興味を持っていたせいで爪弾きだった。
それでも悪魔族なんだからと努力はしたさ、ああ、口調とかね!
「ご主人様、そろそろ魚を釣りに行かねば夕餉に間に合いません」
「あ、もうそんな時間かい?」
それがどうだろう、ここでの生活は華やかさなんてないしなんだったらあちこちからギチギチと音がして怖いときもある、だけど長閑な時間が流れている。
「今度八木さん用の釣り竿を作ろうね」
「是非ご教授くださいませ」
うん、きっと今は魂の洗濯時期なんだろう。
いつかは『悪魔族なんです』って言うにしても、今は山羊でもいいかなあなんて思うのだった。




