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山羊の彼は旅をしていたのだと思うが記憶は曖昧だと夫婦に語った。
砂漠を一人で歩いていたのだ、それは大変だったことに違いない。
「……うろ覚えではありますが、私は獣人の中でも珍しく獣の姿が強く出ているために嫌われていたように思います」
「そうなのかい……?」
「そうねえ、この世界での獣人っていうのは割と人よりの容姿をしているわねえ……ああいえ、彼みたいに動物の容姿が強く出る人もいるみたいだけど」
ぺらりぺらりとガイドブックを見ながらそうハナは同意するが、ヨシヤに念話で『迫害を受けやすい』という話は正しいということもきちんと伝えた。
夫婦としてはもう、気持ちは定まっていたのである。
この哀れなる山羊の若者を救わなければ……!!
「当たり前だけれど、この神域を自由に出入りできるのは限られている人だけなの。まあ、言ってしまえば私の夫……ヨシヤさんだけ」
「はい」
「そして神域には他に生き物がいるけれど、基本的にヨシヤさんの眷属と、まあ……滞在中の異界からのお客様、そのお世話係と流れ着いた卵から生まれた雛、食糧としての魚くらいかしら……」
改めて挙げられると微妙なラインナップである。
ヨシヤは遠くを見た。
「……今度、食用になる鶏でも飼おうね……」
「あらいいわね、卵があればプリンが作れるわね!」
食いつくところがそれか。
どことなくコカトリスメイド部隊が驚愕の眼差しでこちらを見ているので、なんとなく石化されそうな気がする。
「だから貴方も……ええと、お名前覚えているかしら?」
「いいえ、残念ながら。もしよろしければ、ご夫妻に我が名を与えていただければと……」
「あらまあ。でも私が名付けをすると色々と厄介だからここはヨシヤさんに……」
「じゃあ八木さんで。あ、字は俺たちの出身地で使うところの文字で八つの木って書くんですけど「ごめんなさいこの人ちょっとセンスが独特で!」ハナさぁん!?」
役割を振られたからヨシヤは即座に応えてみせたが、直後ハナが笑顔でノンブレス謝罪である。
ヨシヤとしてはなかなかシャレの聞いた名付けだと思ったのに、理解されなくて悲しい。
いつの間にやら隣にいたあっちゃんがポンッとヨシヤの肩を叩いて慰め、ようやく慣れたとはいえ油断したところに巨大な蟻の登場でヨシヤは思わずビョッと跳ねてしまった。
そしてみょんみょんと触覚を揺らし、大事な主人に怖がられたショックをなんとか受け流そうとするあっちゃんに大慌てでヨシヤは頭を下げる。
「……まあ、この神域で焦るようなことはないけど、できることを少しずつやってくれればいいわ。住まいはそうねえ、私たちの家のそばに一つ建てるけれど、希望はあるかしら」
「ああ、いえ……あの、お任せします……」
こうして神域はさらに賑わいを見せたのだ。
いささか、偏ったメンバーではあるものの。




