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「あー……え? 羊?」
「ヨシヤさん、あれは山羊よ」
基本都会っ子であるヨシヤは動物好きと言っても犬猫レベルが好き、ライオンさんキリンさんゾウさんといったメジャーな動物は理解できていても山羊と羊はなんとなくごっちゃになるタイプの大人であった。
即座に夫の発言に突っ込むハナであったが、彼女の発言もまた微妙である。
だって、山羊にしろ羊にしろ体や腕が人間と同じであるわけがないし、そもそも二足歩行はしないのである!
ギチギチギチギチギチと蟻たちは威嚇する音を立てて山羊(仮)の周囲を固め、主人の命令を待っている。
ヨシヤとしてはどうしていいかわからず、ハナを見る。
ハナはハナで『あれって山羊でいいのよね? でも異世界の山羊って二足歩行するのかしら……』なんて異世界ガイドブックにある動物の項目をペラペラとめくり調べているではないか。
「あのう」
そんなかれらに焦れたのか、それとも周囲の蟻たちが恐ろしくて助けてほしい一心なのか、山羊(仮)が言葉を発した。
「ワタクシ、食べられてしまうのでしょうか……!」
雑用でも何でもしますからお助けくださいお願いします。
綺麗なまでにワンブレスで訴えられてヨシヤとハナは顔を見合わせる。
ああ、そういえばこの山羊(仮)はあの巨大蜘蛛が非常食として途中捕まえたとか言っていた……なんて情報を今更思い出し、山羊(仮)からしてみれば捕まった段階で命の危機を感じていたに違いない。
それが開放されてみて安堵する暇もなく、今度は巨大な蜘蛛が巨大な蟻に変っただけで命の危険には変わりないのだ。
だが幸い話のわかってくれそうな人がいたとくれば、そりゃ命乞いの一つもするだろう。
ヨシヤはそこまで察して大慌てで蟻たちに山羊(仮)を威嚇しないように指示をした。
蟻たちはヨシヤがそう言うならばと一斉に威嚇音を止め、散る。
基本的にはいい子たちである。
とはいえ、新参者に対しては警戒する気持ちはあるのだろう。
ヨシヤの傍にはさりげなく小型の蟻を配備し、蜂たちも上空から山羊(仮)を付け狙っているのだが。
主人に指示される前に彼らはきちんと状況判断ができるのだ。
だって優秀だから!!
「おお……感謝いたします! ワタクシは見ての通り山羊の獣人にございます」
感激したように跪いて感謝の言葉を述べる
「やっぱり山羊だったわ」
「さすがハナ」
思わず小声ではしゃぐ夫婦に首を傾げつつも、山羊(確定)は言葉を続けた。
「実は砂漠で彷徨い、巨大な蜘蛛に襲われてその後いつ食われるのかと恐れていたことは覚えているのですが……他の記憶が虚ろでして……」
「まあ大変」
「そりゃあ……その、お気の毒に……」
「ここでお助けいただいたのも何かのご縁! 誠心誠意お仕えしますので、どうかここで働かせてください!!」
山羊による渾身の土下座!
人の良い夫婦には思い切り刺さる光景である。
基本的に困っている人にはそれなりに親切にする夫婦である。
見知らぬ蟻から始まって蜂、コカトリス、ハシビロコウと来たのだから山羊がいたっていいんじゃなかろうかと思わずアイコンタクトをとった。
「ええと……衣食住は保障できますけど、基本的に外にはあまり出られません。特殊な事情があって……」
「特殊な事情ですか?」
山羊が首を傾げる。
どう見ても人間と同じような土下座スタイルで山羊が首を傾げているという視覚的に奇妙な状況に若干ヨシヤも脳がバグってしまいそうだったが、気を取り直して言葉を続けた。
「ハナ、どうする?」
「そうねえ、一応納得してもらえなかったら記憶の消去もできそうだから説明だけしてみましょうか。ええと、私は女神でこちらは眷属であり私の夫です。そしてここは私の神域となります」
「は」
「ですので当然お給料は殆ど出ません。衣食住は保証できます」
ハナからの説明に山羊が目を丸くする。
それはまあそうだろうなあなんてぼんやり思いながらヨシヤは空を飛ぶ蜂たちが今日も元気だと思うのだった。




