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少しずつ、少しずつ神域は豊かになっていた。
信者は順調に増え、蟻たちによってジャングルからの実りを得、ついでに彼らがモンスターを狩った経験値や残骸でヨシヤはレベルも冒険者としてそこそこの地位を得るに至ったのだ。
時折、冒険者の遺品などを持ち帰ってくる蟻たちにヨシヤとしては複雑な気持ちになるのだが、彼らが褒めてほしいと言わんばかりの様子を見せてくるので何も言えない日々である。
そして蜂たちから蜂蜜を分けてもらい、彼らが育てた果実をもらう。
変化があったとすれば、湖だろうか。
神域の外にある川で釣ってきた魚を放流してみたところ無事に住み着いてくれたようでヨシヤとしてはホッとしていたのだが、なんだか様子がおかしいのだ。
釣ってみたところサイズも少し大きくなっていたし、なんとなくキラキラしている気がした。
あと、食べてみたらとても美味しくなっていた。
「ハナのおかげだねえ……」
今日もヨシヤが唯一畑仕事の中で分担している水やりをしながらぽつりと呟いた。
なんせこの家庭菜園(?)、畑を耕したのは蟻たちであり、雑草を抜いたり摘果や摘蕾をしてくれているのは蜂たちである。
水だって本来は蟻や蜂に任せれば魔法でやってくれるのだろうが、ヨシヤがジョウロで水やりする光景が彼らも好きらしく楽しげだ。
「お、トマトがもうすぐ食べられそうだなー」
この調子で畑にあれこれ増えたらいいよなあ、どうせだったら鶏でも飼えば肉と卵が手に入るんだよなあ。
シメる方法とかわかんないから卵もらって終わりだな!
ヨシヤはそこまで考えて完結させる。
基本的に彼はチキンなのである。鶏の話題だけに。
(けど、卵……うん、そうだなあ)
時折必要に応じてマーサさんたちの様子を見がてら村に行っては物々交換してもらっていたが、鶏を飼うというのはいい方法ではなかろうか?
幸いにもこの神域にはいくらでも鶏を放し飼いにできる土地があるのだから。
神域という特殊空間について、すでにヨシヤの中では『奥さんの土地』程度の認識になっているので違和感はないのだ。
信者たちからすれば尊い土地なのであるが、そんなことは彼ら夫婦にとっちゃ関係ないのである。
「ヨシヤさん、どうしたの?」
「あ、ハナ。いやね、鶏を飼ったらどうかなあって思ったんだよ。以前村に行った際に、そんなしょっちゅう卵を交換するなら鶏ごと飼ったらどうだって勧められたことがあってさ」
「にわとり」
「うん。俺も小学生の時、学校で飼っていたことしかないからさ、その時は断ったんだけど……どうかな」
「私も鶏なんて小学校以来見ていないかも」
ちょっと楽しそうね、そう笑ったハナにヨシヤも頷いた。
そんな夫婦の様子を見て、蟻たちが何を思ったのか円陣を組んで何かを話し合っているではないか。
「あら? どうかしたの?」
「お、散歩か?」
そして何事か決意したらしい彼らが夫婦の元へとやってきて触覚をみょんみょん動かして何かを訴える。
散歩なら一緒に行くかと腰を浮かすヨシヤを押しとどめるようにして、彼らは自分たちだけで出て行った。
何故か気合いたっぷりに前足を一斉に振って、敬礼までして。
「……どうかしたのかな」
「さあ……あっ、そうだ!」
首を傾げていたハナが思い出したように手を打ってヨシヤの手を取って立ち上がらせる。
妻の行動に驚きながらも彼は大人しく従って、歩き出した。
「アップルパイがもうすぐ焼き上がるの。それで呼びに来たのよ」
「ハナのアップルパイ! 楽しみだなあ!」
神域は、平和である。
この夫婦も、平和そのものであった。




