39
大変、シュールな図が領主館の一室で繰り広げられていた。
厳しい顔をした老齢の軍人が、奇妙な仮面を持った人物と対談している図。
片方は言葉を投げかけ、それに対して筆談で返事をするという繰り返し。
「ふうむ。つまり仮面の人よ、そなたは誠に『妊婦の女神ブロッサム様』の使いであり、此度の蝗害に関し民を案じ、お言葉をくださった。見返りを求めるということでもなく、またどこかの間諜というわけでもない。そういうことで相違ないな?」
あってます。
そう書かれた紙を見て領主は厳しい顔をしたまま口を閉ざし、何かを考えているようであった。
「なるほど……いや、俄には信じがたい話ではあるのだが、そなたの風体といいこの館へ堂々と侵入でき、あまつさえ我らが無傷で取り逃したことを考えれば普通の人間であるとは考えにくいと思っていた」
ヨシヤとしては仮面の下で乾いた笑いを浮かべるほかにない。
もしかして初回で窓をぶち破って逃げたことも、二度目の窓に気を遣って逃走を図ったことも、兵士たちのプライドを傷つけたのだろうか。
そのクレームだとしたら、この場合なんてお詫びをすれば許されるのだろうとヨシヤは仮面で相手に顔が見えないのをいいことに、額に汗を滲ませながら脳内をフル稼働させていた。
「時に女神の使い殿、そなたは噂に聞く〝勇者〟ではないのだな?」
ゆうしゃ?
思わずヨシヤは何を言われたのか咄嗟に理解できず、首を傾げた。
(ゆうしゃ……? ユウシャ……ゆう、しゃ……あっ、勇者か!!)
勇ましき者と書いて勇者、それはしばしば英雄と同一視され、誰もが恐れる困難に立ち向かい偉業を成し遂げた者、または成し遂げようとしている者に対する敬意を表す呼称である!
ゲームなどでは世界を救う役目を担い魔王と対峙して美しい姫を妻に迎えるなど主人公的な役割であるが、この世界にも存在していたとは。
ヨシヤはこの世界に来て、かつてないほどの感動を覚えた。
だからといって、自分とはまるで関係ないので『そうなのか~すごいな、さすが異世界!』程度のものなのだけれど。
ヨシヤはふるふると首を振って否定をする。
「そうか。まあ勇者は女性だという話もあるからな、念のために聞いておきたかったのだ。勇者と呼ばれる人物が何者か知らぬが、どこの国に属しているかも定かではないゆえ……どこぞの神殿に囲われている人物の可能性も否めない以上、気をつけねばならんのだ」
勇者を名乗っている、その人物が本当に誰かの為に動く善人であればまだいい。
だが国の名代として動くような存在であれば、何かしら厄介ごとが起きている可能性もあるしそれを知らされていない段階できな臭い。
もしも他国の陽動で勇者を僭称し民を惑わすのであれば当然捉えなければならないが、神殿の回し者となればまた扱いが複雑になる。
……そういったことを説明されたが、ヨシヤとしてはこちらも『大変だなあ』と人ごとなのであった。
それよりも彼には気になることがあった。
何故なら、領主の頭の上にベルが浮かび、それが揺れているのだ。
まるで何かのお知らせをしているアイコンかのようである。
思わずそれをジッと見つめると、ベルの横に吹き出しが現れたではないか!
「ヘ、ヘアッ!?」
「む、どうした使い殿」
思わず驚いて声を上げたヨシヤに領主が怪訝そうな顔をするが、ヨシヤはそれどころではなかった。
だってそこには、こう表示されていたのだ。
【もうじき孫が生まれます】
そしてタイマーがカウントダウンしているのだ。
一秒、一秒減っていくそれはもう三分を切っているのである。
ヨシヤは慌ててスケッチブックに書き殴る。
『急ぎかえって 孫 生まれる』
ヨシヤが突き出したそのスケッチブックに目を落とした領主が瞬きを一つ、二つ、そして勢いよく立ち上がり「かたじけない」と言ったかと思うと走り出した。
その背に思わず手を振って、なんとなく手持ち無沙汰でヨシヤは何事が起きたのかと開け放たれたドアからこちらを覗き込む兵士と目が合ってなんとなくそちらにも手を振った。
「な、何者ーーーーーーーーーー!?」
「ヘアッ!?」
そういえば、領主はヨシヤが来たことを外の兵士に伝えていない。
かくして、ヨシヤは再び窓から逃走したのであった。




