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信者も細々ではあるものの、着実に増えている。
特別何かをしろという大神からの指令はあれからない。
蟻たちも蜂たちも健康そのもので、最近ではやってみたかった畑……といっても家庭菜園レベルから始めたそれの世話が楽しい。
傍らには最愛の妻がいて、今日も彼女が作るご飯が美味しい。
そんなささやかな幸せを噛みしめながらこのままの生活が続けばいいなあ、なんてヨシヤは思っていた。
だが、世の中は『そうは問屋が卸すものか』というものらしい。
マーサたちの様子を見がてら卵を求めて村に行った際、お茶に誘われた。
彼女たちの様子も知りたかったしお呼ばれしたヨシヤに夫婦は世間話として色々な話を聞かせてくれる。
ちなみに彼女たち夫婦はナタリーたちとも今度こそ本当に和解できたらしい。
とても長い謝罪の手紙をもらったというから、反省はしてくれたのだろうと思う。
ハナからは結び紐の追加をもらったので、石の塊としか思えないご神体はまた新しく掘り直すからと言い訳をして返してもらいつつ、交換した。
「綺麗な飾りですねえ」
「女神のお守りだと思って身につけていてくださると嬉しいです。もうすぐ出産ですからね!」
「はい、ありがとうございます。この子たちに女神様から祝福がいただけるよう、まずは私が頑張らないといけませんからね!」
「そうだよ、マーサもちゃんと食事をとって元気に過ごしてくれなきゃね。双子が生まれたらお世話が大変なんだからさ」
「勿論よ、リチャード」
和気藹々、まさしくそんな空気の中で最近はどの野菜がよく採れる、渡り鳥が見えたから季節の変わり目が……なんてよくある世間話をしている中でふとリチャードが思い出したように立ち上がり、戸棚から一枚の紙を取り出した。
「そういえば、こんな尋ね人の紙がここにも来たんですよ。ヨシヤさんは行商でまだ見ていないですかね?」
「え? 尋ね人ですか? 知らないですね……拝見しても?」
「ええ勿論。どうぞ、こちらですよ」
「ありがとうございます」
受け取って、視線を落とす。
そこにはでかでかと『情報求む』と記された文章があり、領主がこの人物を探していると書かれているではないか。
お尋ね者というわけではなさそうだがとそのまま視線をずらしたヨシヤは、ほんの二十センチ程の範囲で描かれた人相画に思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになってしまった。
「ははは、そういう反応になりますよねえ」
そんなヨシヤを見て笑うリチャードだが、マーサは夫を咎めつつヨシヤにハンカチを渡してくれた。
そう、人相画、似顔絵、そういった類いのそれを見れば人々は笑うに違いない。
だがヨシヤがむせたのは、勿論別の理由からだ。
描かれていたのは、よくわからない白っぽい仮面を被り意味不明な声を発し、領主を訪ねて来た小太りの男。
つまり、例の仮面を被ったヨシヤだったのだから!
(なんで!? いや納得!?)
そりゃそうである。
ほんのチラっとヨシヤだってあんな不気味な登場をして会話もできずに手紙を投げつけてきた挙げ句に、その内容がとてつもなく重要で、しかもそれが本当だったなら?
あの人物は何者だろう、そう偉い人が探らない理由がないのではなかろうか?
そう考えたのだ。
でもヨシヤはその時思ったのだ、別に名乗り出なきゃよくね? と。
だって、面倒だし。説明できないし。
話をするためには仮面を外してあのコワイ兵士たちが居るところに再度行かねばならないということになるのだし。
(あああああああああぁぁぁぁ……)
まさか。
こんな、大々的に探されているとは、思わなかったのだ。
幸いなことはリチャードの反応から、この人物が奇妙な風体であると世間でも思われていることから偽物が現れる可能性は低そうだということだろうか?
(い、いやそうじゃないだろう。偽物が現れたら、大変なことになるんじゃないのか……!?)
だって手紙には『女神ブロッサム』の名前を書いたはずだ。
ということは、偽物が現れてブロッサムの名誉を汚せば、信者離れだってあり得るのだ。
(だめだ、それはだめだ!!)
折角の、妻と描いていた夢のスローライフが実現したというのに!
広い庭付き一戸建て、ペット有りで家庭菜園から始まる畑。
それが今、危機に晒されようとしている。
ヨシヤは尋ね人の紙を握りしめ、決意を固めた。
「行くしか、ない……!!」




