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「……ということがあって」
ヨシヤはゲッソリしながら神域に戻り、仮面を外してハナに返しつつそう説明すると彼女も困惑している様子だ。
まさか音声を変換する能力までついているなんて、そんなイメージはまるでなかったのに……そう言う彼女は本当に申し訳なさそうだ。
ヨシヤもこの仮面の持つ向上能力や隠蔽能力は便利なのでそこの一点が問題なのだ。とはいえ、今のハナのレベルでは今以上の改善は行えそうにないし、仮面を作り直す時間はもうなさそうだという。
「そうかあ、タイムリミットかあ……!!」
いくら蝗害が三ヶ月後であるにしろ、それは最低準備期間としての猶予だ。
今言わなければこの後、もう準備したところで被害は大きくなる一方。それならばそこまでというなんとも非情なものではあるが、神様だってそこは線引きをしているのだろう。
ヨシヤとしてはあの領主様に伝えたい。
なんたって、領主様が動いてくれなければあそこ周辺の人々の暮らしが脅かされる。
つまり、彼にとっても食糧難を迎えるかもしれないのだ。
あっちゃんたち眷属に頼めば外に行って食べられそうな野菜などを見つけてきてくれるかもしれないが、それだって貴重なものだろうし、なんだったら蟻たちは張り切ってイナゴを獲ってきそうでコワイ。
なんせ、ヨシヤは今になって考えが至ったのだが、この世界の蝗害が彼の知る蝗害と同じレベルのものかどうかなんてわからないのだ。
もしかしたらあっちゃんたちのように巨大なサイズのイナゴかもしれないと思うとゾッとするではないか!
虫嫌いな人は勿論のこと、虫が苦手ではない人だって悲鳴を上げるに違いない。
とにかくそんなこんなでどうするべきか悩むヨシヤに、ハナがポンッと手を打った。
「手紙! 手紙はどうかしら!!」
「手紙かあ、それなら確かに……気がつかれないうちに行って、置いていけばいいもんね!!」
言語に関しては女神と眷属、それぞれにレベルが上がっている上に蟲使いとしてもレベルが上がっていることからヨシヤのステータスに存在する能力【言語理解】なるものも成長しているのだ。
実はヨシヤにはそれなりにスキルが芽生えている。
といっても、この世界に来て手に入れたものはハナの眷属であることと蟲使いというジョブ。
となれば当然、蟲使いとしてのスキルが伸びていくので正直あまり使ったことはないのだけれども!
ヨシヤとハナは手紙を書いた。
そりゃもう何回か下書きをして、清書をして、繰り返し試して満足いく出来映えになったことを確認して完成した手紙である。もう完璧だ。
念のため、窓ガラスを割ってしまったことに対する詫びも記しておいた。
弁償したいところではあるが、今回は見逃してもらいたい。
それを携え、ヨシヤは領主の館に再び忍び込んだ。
一度は入った館である。勝手知ったるものだ。前回のせいだろう、警備はより厳しいものとなっていたが仮面の隠蔽能力は今回も高い効果を発揮しているので一切問題ない。
「ヘアァァァァ!」
気合いの籠もったその雄叫び(?)に執務をしていたらしい領主がハッと顔を上げ、即座に武器を構えた。
そして同じくして部屋の外にいた兵士たちも慌てて中になだれ込み、侵入者であるヨシヤを取り囲む。
異様な仮面を被った男、彼らの目にはそのように見えているのだろう。
兵士たちは怯えた様子はないものの、戸惑っているようだ。
ヨシヤはそんな彼らに囲まれて、仮面の中だけでなく全身冷や汗まみれであるがそれはお互い知らぬが花である。
今回こそ、ばっちりと、格好つけたいよねと言わんばかりにヨシヤは堂々としたポーズを取り、領主をはったと見据えて胸元に手を突っ込んだ。
「ぬっ、貴様……またしても忍び込みおったか! ……グぬッ!?」
「へあ! ヘアァ! ヘアッ!!」
ぺしん。
勢い余って領主の顔面に張り付くようにして投げ渡された手紙に対し、ヨシヤは「ごめんなさい! 手紙を書きましたので読んでください!!」そう精一杯伝えるが、絶対に伝わらない叫び声だけが響き渡る。
領主を攻撃されたと感じた兵士たちが一斉に攻撃を仕掛けるが、仮面の加護が働いてヨシヤに傷一つ付けられない。
それにホッとしつつもヨシヤは慌てて窓を開けて――さすがに二度も破るのは気が引けた――領主に向かって敬礼を一つし、「へあ!」と声を発して外へと出て隠蔽をかける。
遠くで彼を探す声が聞こえたが、もうヨシヤの姿は彼らには見えない。
(よおし、やり遂げたぞ……!)
これで安心して買い物をして帰れる、そう領主の館を出て物陰に隠れたところで仮面に手をかけたヨシヤだったが、ぴたりと動きが止まった。
「へあ……?」
仮面の留め具を外し、グッと顔面から引き剥がそうとする。
神域でポロリと普通に外れた仮面が、今はまるでノリでもついているかのように張り付いている、ようである。
「へぁっ!?」
グッと力を再びかける。
痛いだけで、外れない。
「ヘァアアアアアアアア!?」
ヨシヤは思わず、その場で膝から崩れ落ちたのであった。