34
恐る恐るといった歩調が、どんどんと力強くなり、しっかりとしたものになる。
それはヨシヤの安心に比例してのことだ。
ハナが与えてくれた仮面の力は絶大で、彼が望まない限りまるでそこにいないが如く、誰も気がつかない。
といっても、心配なので一応隠れながら進んではいるのだけれども。
(こ、ここだな……)
いっとう、重厚な扉。
その部屋の前に立つ兵士の姿にヨシヤは感知されていないと知りつつも緊張から思わず息を殺した。
さすがに正面切って行くには、無理がある。
いくらなんでも気配がわからなくなっているとはいえ、閉じていた扉が急に開けば誰だって気づく。そりゃなんでも気づく。
ヨシヤもそこまで調子に乗ってはいないので、誰かあそこに人が入るタイミングでついていこうとそこに座り込んだ。
そうしていると、チャンスはすぐに訪れた。
メイド服を着た女性がワゴンを押しながらあの部屋に向かうではないか!
女性の後ろについて歩くようにして侵入を果たしたヨシヤはぐるりと部屋を見回した。
領主は武人らしく、壁には剣だの鎗だの、装飾品にしてはごつめの武器が飾られている。
実用品だと思うと途端に物騒で思わずヨシヤは壁から離れて、女性が茶を給仕して出て行くのをただ待つ。
領主はあれこれと悩んでいるようで、ペン尻でトントン、トントンと忙しなく地図を睨みながら何かを書き込んでいるようだ。
ヨシヤはなんとはなしにそれを覗き込んで、この領主様は見た目も怖そうだし実際色々あってピリピリムードもあって気が立っているんだろうが、おそらく良い領主なのではなかろうかと考える。
そもそも、今回のチャレンジクエスト……とヨシヤとハナが勝手に呼んでいる大神からの指示によれば、この領に降りかかる苦難はもう殆どオシマイで、最後の最後、三ヶ月後に蝗害が起きるからそれに備えよというものだった。
蝗害、つまりイナゴ被害である。
ひとたび起きれば数年に渡り被害を与えるものであり、農作物だけでなく植物由来の繊維、つまり布なども食い尽くすそれは危険極まりない。
事前に情報があればそれに対する備えもできるというものであり、被害の度合いが大きく変わるであろう事はヨシヤにだってわかる話だ。
といっても、知っていたからといって防ぎきれるものでもないというのが現実ではあるのだが。
それでも知らないよりは知っていた方がいいに決まっている。
今もぱっと見た感じ、領民への備えや何かを一生懸命考えているようだ。
暗殺騒動も邸内を歩いている中で耳にしたところ、大きな盗賊団の討伐をした結果その復讐だとかそんな感じらしい。
物騒だなあ、いいことをしているはずなのになあとヨシヤは心底このコワモテ領主に同情しているのである。
(よし、言うぞ……!)
そんな領主様だからこそ、このお告げはきっと役立ててくれるに違いない。
気合いを入れて、そう、威厳を持って。
だって今は、ハナの代理……神のお告げを伝える使いなのだから!
ヨシヤはメイド服の女性が去ったのを確認して、彼に感知してもらえるよう意識を向ける。
突如として現れた仮面の男を前に、気がついた領主がハッと表情を強張らせた瞬間ヨシヤは言葉を発した。
我こそは女神ブロッサム様が使い、女神の神託を伝える……そう、口上をしっかりと考えて噛まないように細心の注意を払って。
「ヘァア!!!!!!!!!!!!!!!!!」
よくわからない声が出た。
沈黙が、流れる。
「……じゅわ?(あれ?)」
「な、何者だ! 衛兵はどうした!!」
「閣下、いかがなさいましたか!? ぬ、賊か!? 面妖な……!!」
「ジュ、ジュワッ、ジュワ!(ま、待って、待ってください!)」
思ったのと違う!
ヨシヤは慌てるがその言葉すら彼らには届かない。
届かないっていうか、まったくもって伝わらない。いいんだよヒーローっぽい風にするのは見た目だけで。そうヨシヤは思ったけれどもうどうしようもない。
このままでは捕まってしまう――それを察したヨシヤの行動は早かった。
まるで映画のワンシーンさながらに、窓を突き破って脱出したのである。
「ヘアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!(こんなはずじゃなかったのにいいいいいいいいい!!)」
そんな、彼の魂の叫びは、残念ながら誰にも伝わらないのであった。
色々と 反省はしている_:( _ ́ω`):_