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そこから話は早かった。
ヨシヤとしては興味を持ってくれれば御の字、疑われても『そういう信仰がある』程度に彼女たち有権者が知ったという布石がほしかっただけだ。
……というのはあくまでハナの案であるが。
知られていない現状より、疑われても認知される、それが大事だと。
ところが、ナタリーはあっさりと信じた。
むしろ自分も信仰させてほしいと願い出たのだ。
そして更にヨシヤを驚かせたのは、ギャレッドまで頭を下げてその恩恵に与らせてほしいと言ってきたのだ。
聞けば、子ができない夫婦でも互いに納得していたし、両親も養子をとればいいと言ってくれて家庭内は円満なのだそうだが、周囲はそうではない。
結婚すれば妻が子を孕み、そして健康な子が生まれ、次へと繋ぐ。
その自然に行われる事がなせないのはおかしいのではないか。
声高に言われるわけではないものの、そういう考えはどうしても一定数あるらしく、有権者であるからこそ出なければならぬ社交などでからかいや侮蔑の眼差しとともに子について聞かれる度、ナタリーは心を疲弊させているのだそうだ。
それがまた、マーサに対して依存していた理由かもしれない、とも小声で言われればヨシヤも口をへの字に曲げざるを得ない。
(ハナ……なら、きっと)
『ええ。勿論よ』
彼らのその様子に、夫婦の気持ちは固まった。
ヨシヤはマーサたちにしたように、ご神体と称した石を前にナタリーたちとハナを結びつける。
以前よりもそれはクリアで、そして様子が見えて……聞こえた言葉に愕然とした。
「えっ、呪い……?」
ハナから告げられた、ナタリーが身ごもらない理由は『呪い』。
そりゃもう最初っからゲージが悪い方に振り切っていたのだから何かしらの原因があるとは思っていたが、まさかの呪いである。
なんて非現実的なとヨシヤは思ったが、そもそも異世界に来て巨大な蟻だの蜂だのを使役している段階で非現実的もなにもないのである。
「そ、その呪いから、私は解放されたの……ですか……?」
ハナはあっさりと『呪われているから解除した』と言った。
どうやら妊娠に関することならば彼女にとっては余裕だったらしい。これが別の内容であれば、できなかったと朗らかに念話で伝えられたことをヨシヤは黙っておいた。
知らない方がいいことも、たくさんあるので。
「そのようです。ただ……呪った相手が分からない以上、再び呪われる可能性は否めないとブロッサム様が仰っておいでで……」
どうしたもんかとヨシヤも思う。
確かにハナの危惧するところは大いにあり得る。呪いが解除されたことを、呪った相手が知らずに終わるならばそれでもいいが、そうとは限らない。
念のため注意しろと言ってもどう注意すべきかなんて、わかるはずもないのだ。
だって、ヨシヤは異世界初心者だもの!
そんな彼の腰を引く気配がして、視線だけ落とすと今度は蟻ではなく蜂が顔を出していた。
ギョッとして思わず押し込めようとするヨシヤに咎めるような視線が向けられたかと思うと、にょっきりと蜂の足がナタリーたちに見えないように差し出される。
(これは……!)
それは、梅結びと呼ばれる組紐で作った飾り紐だ。
伝統的な結び方だとご近所さんに教えてもらったと以前からハナが手慰みに作る品で、ご近所のバザーなどでは人気だったのをヨシヤも覚えている。
(なるほど……!)
蜂は確かに渡したと満足そうな顔をさせて引っ込んだ。
引っ込んだ先で蟻と争う音が聞こえたが、ヨシヤはとりあえずそちらは後にしようと思った。だって、そっちに構ってバレたら色々面倒だもの。
「あの、ナタリーさん。もしよろしければこれを、お守りなんですが……」
「えっ、そのような大切なものをよろしいのですか……?」
「ブロッサム様が、ナタリーさんにこちらをお渡しするようにと。きっと女神の加護が貴女をお守りくださいます」
「ああ、ああ、なんと慈悲深いことなのかしら……!」
ナタリーが感涙にむせび泣き、そんな妻をギャレッドが抱きしめる。
なんとも美しい光景だ。
ヨシヤはどことなく居たたまれない気持ちになりながら、そろそろ自分も妻の元に帰りたいなあなんて思うのであった。
でもまだ、お土産買えてないからね!




