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05 不穏な噂

 

 宿屋兼酒場の食堂は、酒の匂いに加えて換気がされていないためか、空気がこもっていた。


「――で、功績を認められて、俺は国から雇われんだぜ」


 そう意気揚々とジョッキを喉へと傾けるのは、カウンター近くの壁際の席に座っていた自称・南方の砦にて魔獣を討ち取ったという男だった。今は国から雇われた傭兵ということになっているらしい。


 どうやら、男の胸元で銀色に輝く指一本分ほどの薄い鉄の板が、王国から直属に雇われた証なのだそうだ。


「各地から王都へ向けて来る〝聖女候補〞を無事王都の神殿まで送り届ければ、追加報酬で金貨五十枚が貰えるって訳よ!」


 ジュリアは温い麦酒で唇を湿らせながら、背中越しにそう息巻く男の話に耳をそばだてた。


 なるほど。国内各地から王都へ向けて来るというその〝聖女候補〞たちのおかげで、ここ数日の乗り合い馬車の定員が満員という訳か。


(ぞれにしても、金貨五十枚って……)


 金貨一枚は銀貨百枚分にあたる。金貨一枚あれば、村に一軒家を建てられるまではいかないまでも、生活用品の一式は揃えられる額だ。


 そして男は酔った勢いか、野次馬の指示か、ジュリアが気になっていたもうひとつの話――〝勇者〞についても話し出した。


 ことの始まりは、約一ヶ月前。

 王国の神聖領域《世界樹の森》に、見慣れぬ黒髪黒目の風貌をした一人の青年が現れたところから始まる。


 その青年の名は、ルイ=ヒトウ。

 神域を侵したその若者を王国は直ちに捕らえ、極刑に処そうとした。しかし、そこで異を唱えたのが、聖女ヴィオレーヌだった。


 彼女はルイを一目見て〝異世界から来た人物である〞と告げ、そして同時に、自身が天より賜ったという予言に出てくる存在が彼なのだと公表したのである。


 その予言の内容は、以下の通り。


 〝久遠の契りを交わす者、果てぬ生命いのちを持つ者に、終焉おわりを告げる光とならん〞


 そして、ルイが神域で引き抜いた《聖剣》こそ、千年前に魔王を討つべく鍛えられた伝説の宝剣《永遠なる守護を誓う剣(エターナル・ソード)》であり、先頃王国が発表した、長年の不作の原因である瘴気の根源――魔王を討つことが出来る者こそ彼なのだと、国中に知らしめたのだ。


 それを受けた国王は掌を返したように、ルイという青年を〝勇者〞として認め、魔王討伐の命を下した、という訳だ。


「はい、えっと……お兄さん……? お待ちどうさま」


 ジュリアの姿を見た酒場の店員の娘は、一瞬眉をひそめながら皿をテーブルへ置いた。

 皿の上には、軽食にと頼んだサンドイッチが二切れ乗っている。


(やっぱり、女の子は鋭いな……)


 首を傾げながら去っていく店員の後ろ姿を横目に、ジュリアはそっと胸を撫で下ろした。


 前世の記憶から〝女のひとり旅は危険〞と知っていたジュリアは、男装をして王都まで行こうと考えていたのだ。


 そのため今のジュリアは、髪は短くし、頬には肌色を誤魔化すための手製のクリームを塗っていた。傍目から見て〝ぼやっとした田舎出身の少年〞という印象を受けるはずだ。


 それでも勘の鋭い人や分かる人には、バレてしまうということだろう。


(……大体の事情は、とりあえずわかったわね)


 とはいえ、魔王討伐の編成が王都で組まれるとなれば、時間がない。


 何としてでも、討伐隊よりも先に彼を見つけなくては――


 傭兵の男がまた同じ話を繰り返し始めたようなので、ジュリアはもう一度外の空気を吸うために、一人、町の広場まで足を運ぶことにした。


 話を聞き、状況を知ってから町を見てみると、街角には青年や少女が多いことに気付く。今の季節は秋でもうすぐ収穫が近いというのに、一番の働き手である若者――とりわけ青年の姿が多いのだ。


(……それにしたって、〝聖女〞に〝勇者〞に〝聖剣〞、か……)


 どれも、千年前と同じ状況だった。


 続く大干魃と不作。

 貧しくなる国土と餓える人々。


 あの時は何も疑うこともせず、ただただ魔族が悪いのだと、彼らは人間に危害を加えているのだと思い込んでいた。彼に出会うまで。


 けれど、今世いまは違う。


「……考えていても、仕方ないわよね」


 噂の勇者や聖女の予言とやらについて考えるにしても、今は情報が足りなかった。

 王都へ着いたら、彼らについての情報も集める必要がありそうだ。


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