19 手違い
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「うわあ……人がいっぱい……」
ジュリアが神殿前に行くと、すでにそこには多くの少女たちがいた。ざっと数えただけでも二百人は下らないだろう。
そうか。試験日は聖女選抜試験と同日になるのか。と独り言つ。
(えっと……受付は、こっちって書いてあったけ?)
エントリーした際に言われた待機場所に向かう。
しかし。
「それでは、これより受付を開始いたしますので、皆さまこちらへどうぞ」
神殿の入口からやってきた試験官と思われる神官のひとりが、その場にいる全員の視線を集める一言を言った。
そして開け放たれた神殿の扉へ、少女たちが列を作って通されていく。
「あ、え? あの、私は――」
ジュリアはその列から抜けようとした。たぶん、おそらく、きっと、この列の先は自分の目的地へ続いていない。
そうわかって列から少し外れようとしたのだが。
(え?)
「そこの方。順番ですので、列からはみ出ないように」
神官からの有無を言わさぬ口調と、前後左右に並ぶ少女たちの真剣な目つきと気配。それらに圧倒されしまったジュリアは、列の動きに従って進むことしか出来なかった。
(まずい……)
流れるままに神殿の広間に通され、待つこと数分。
先ほどと同じ神官が、広間の奥に設けられた台に乗って声を上げる。
「まずは、この度の次期聖女選抜試験にご参加いただきました皆様へ。遠路はるばるよくお越しくださいました」
そして神殿の奥に掛けられた暗幕から、数名の神官が現れた。それぞれの手には分厚い紙束のようなものを持っている。
「それでは、前列の方から順番にご自身の系譜に連なる、歴代聖女の代と御名を仰ってください。こちらで子孫管理の名簿と照合し、試験に必要なものをお渡しします」
(ちょっ!? それは聞いていないのだけど!?)
ジュリアは愕然とした。
自身の系譜に連なる、歴代聖女の代と御名、だと……?
歴代の聖女たちはその血筋を絶やさぬよう、聖女の任を解かれた後に結婚していたようだ。加えて、その子孫たちの系譜は神殿で記録されているのだろう。
「はい。私は三代目の聖女のミューフェ=アルカディアが直系、リーフェ=アルカディアです」
その名前を聞いて、ジュリアの記憶の底から一人の少女の顔が浮かんだ。
ミューフェはハルミアと同じ村で育った七歳下の少女の名前で、弟しかいなかったハルミアは彼女を実の妹のように可愛がっていた。
村を出る時には、誰よりも泣いて別れを惜しんでくれたことも懐かしい。
(ああ! あの小さかったミューフェに、こんな大きな子孫ができるなんて……)
結局、旅の末に帰郷することは叶わなかった。
転生後に彼女が三代目聖女として役目を継いだと知識として知っていはいたのだが、目の前にその彼女の子孫が立っているとは。
「……」
少女にはミューフェの面影なんて全くないが、こんなにも胸に来るとは想像していなかった。
感慨深い、という思いはこういうものなのだろう。
さながら、近所の子供の成長に感慨に浸るおばさんである。
浸るジュリアを置き去りに、少女たちは次々に自分の出自を述べていった。
「私は、リーサンネ=デ=フィッセル。第五代リューネ=フィッセルの直系です」
(……?)
「わたくしは、イルヴァ=ディオル。第三十二代モニカ=ディオルの血筋です」
(……おっと?)
「私は――」
(……あれ?)
「はい。では、お次の方」
そして、気付けばついにジュリアの番になっていた。
(ええい! ままよっ!)
拳を握り固め、ジュリアは意を決して告げる。
「えっと、私はジュリアスティア=ミンクで……祖先は初代ハルミア=ライドニスです」
「……」
リストをチェックしていたはずの試験官たちの手が止まった。
そして、周りの聖女候補者たちもざわざわとし出している。そこで、ジュリアは理解した。
(そうだ! 初代、子供生んでないじゃん!)
彼女は十八歳で亡くなっている。結婚なんてまだしも、子供なんて存在するはずがなかった。
顔を見合わせた神官のひとりが、おずおずと問うてくる。
「……申し訳ないのですが、子孫管理の名簿には該当がなく……失礼ですが、勇者ルゼット=ライドニスの子孫の方でしょうか?」
(ルゼットの、子孫――)
その名を聞いた瞬間、心臓が冷たく跳ねた。
自分は投げ出したのだ。救世の旅も、聖女の役目も、そして――姉を信じて隣を歩き続けてくれた、あの子のことも。
――責任感の強い彼にすべてを丸投げして死んだ私が、今さら彼の名前を盾にする?
(そんなの、あの子に対して……あまりに不誠実だ)
「あっ、えっと……それは、なんと申しましょうか……実は――」
喉が詰まる。嘘でも「そうだ」と言えば通るのかもしれない。けれど、その一言がどうしても出てこなかった。
まあ、ここで失格になっても、目的を果たせるならいくらでも方法はある。
内心、ジュリアがそう思っていた時だった。
「そこの方」
突然、頭上から澄んだ優しい声が聞こえた。
反射でジュリアが見上げると、神殿の上に造られていたバルコニーに一人の女性が立っていたのがわかった。
その女性は白金の長い髪を肩に垂らし、白を基調とした祭服を身に纏っている。
そして、一瞬だけ。
(あれ……?)
とても懐かしい感じがした。
(この感じ……どこかで……)
大切なことな気がするのに、思い出せない。
「ヴィオレーヌ様だわ!」
「嘘! 私、初めてお会いしたかも」
後ろから小声ではあったが少女たちの嬉々とした声が聞こえてきた。
(あの人が……ヴィオレーヌ……)
ジュリアの疑問をよそに、ヴィオレーヌが神官の名を呼んだ。
「こちらの資料の漏れでしょう。訂正しておきますから、貴女も番号と蕾を受けとってくださいな」
「あ、はい。ありがとうございます……」
ジュリアがお礼を告げた時には、既にヴィオレーヌの姿はそこにはなかった。
どういうことだ? 理解が追い付かない。
(……なんで?)
そしてヴィオレーヌに言われたまま、ジュリアは神官から番号が掛かれた木札と何かの蕾を受け取った。
手元へ視線を落としながら、彼女は深く息を吸い込んむ。
とりあえず、ここは試験を受けるしかなさそうだ。




