17 善意
ジュリアが振り向くと、今来た道のから一人の老婆が倒れ込んでいた。
そして、その老婆が指さす方から、一人の男が走ってこちらへと向かってきているのが見える。
「どけえ!」
「うわぁ!」
「きゃあ」
一切速度を緩めない男は、行きかい人々を次々に突き飛ばしながらこちらへと向かってきた。
(あいつは!!)
その男に見覚えがあった。
間違いない。ジュリアの荷物を盗んだ犯人だ。
咄嗟に両手を広げて男の腕に何とかしがみ付くことに成功する。
「この! なにしやがる!」
「それはこっちのセリフよ! 今すぐ盗んだものを返しなさい!」
(あと、私の荷物も!!)
しかし、女の力では男には敵わなかった。
「うるせえ! この女!」
何とか男の腕にしがみ付いていたというのに、もう片方の腕を振り上げられ、簡単に振りほどかれてしまう。
男は体勢を立て直し、再び走り出していた。
「……誰かっ! そいつは泥棒よ! 捕まえて!!」
「――?」
男の前方にフードを被った人物がぽつんと道中に立っているのが見えた。
「お前もどけえ!!」
フードの人物は向かってくる男と正面から対峙し、微動だにしていない。
そして男が強行突破しようとしたその時。
「がはっ」
一瞬の出来事だった。
男はフードの人物に顔を掴まれたかと思うと、地面に頭から突っ込んでいた。
痙攣する男の顔から手を離したフードの人物は、男が抱えていた鞄を拾い上げ、ジュリアの方へと声を掛けてくる。
「これ、キミの?」
フードの奥からは青年の声が聞こえた。
「い、いいえ……あっ、おばあちゃん! 大丈夫!?」
何事もなかったかのように話す彼の雰囲気から、どこか不思議な気配を感じたジュリアだったが、ひったくりの被害者である老女のことを思い出し、よろめきながら立ち上がろうとしている老女へと駆け寄った。
「ああ、ありがとね。お嬢さん」
「ううん。私はなにもしていないの。全部あの人のおかげ」
「どうぞ」
いつの間にかすぐ後ろに来ていた青年が老婆へ鞄を渡す。その足元には、引きずられたであろうひったくり犯の男が伸びたまま横たわっていた。
「あなたも、ありがとう。助かったわ」
「いえ、役に立ててよかった」
青年は誰にもフードの下の素顔を見せようとはしなかったが、僅かに見えるその口許は微笑んでいたように見えた。
◆
「あっ!?」
突然、目の前の少女が大きな声を出した。そしてこちらへ申し訳なさそうに口を開く。
「ごめんなさい! 私、この後急ぎの用があって……悪いのですがこの盗人、詰所に突き出しといてもらえますか?」
「ああ、わかった」
被害届はもう出しているから話せは早いはずだ、と言った少女は自分と老婆に一礼した後、通りを一気に駆け出していた。
(……台風みたいだな)
おそらく彼女のような人に、そんな比喩表現が当てはまるのだろうと独り言つ。
そうして伸びている盗人を肩に担ぎながら、青年――日藤瑠偉は遠ざかるその後姿を静かにその黒い瞳に映して見送った。
「あ、しまった。名前聞いてなかったな」
解っているのは、届を出しているということだけだった。
「まあ、いいか」
この世界に飛ばされてきて、初めて誰かの役に立てたと思えば、悪い気はしなかった。




