16 活路
清々しい朝。
ジュリアは部屋中のカーテンを開けて一斉に換気を始めた。
「おはよう、アーシス! 今日もいい天気&絶好のお掃除日和ね!」
起きてきたアーシスへ声を掛ける。
「ああ、おは……なんだって?」
アーシスは寝ぼけているのか、素っ頓狂な声を上げながら慌てていた。
「おいおい、こんな時間から何を――」
「何言ってるの。こんな時間って、もう朝よ……」
どうやらアーシスの生活は大分乱れているようだ。
「それより、昨日は気付かなかったけど……なんでこんなに部屋が散らかっているのよ! いい年して恥ずかしい!」
「あのな……それより昨日は気にならなかったが、なんで口調がちょっとお袋っぽいんだ!?」
「仕方ないでしょう。だって実際にそうだったんだもん」
昨日は色々あったせいで視野が狭まっていたが、朝あてがわれた客室から起きてみるとリビングは悲惨な状態だったことに気付いてしまった。
ソファーの端や床には多くの書物が山積みになっていたり、読み終わった新聞が散乱している。
もうこうなったら、掃除するしかない。
「おい、勝手に捨てるな! というかだな、誰が片づけてほしいと頼んだ!?」
「何よ。一宿一飯の恩義ってやつでしょ。それに……こんな惨状な部屋で、いい話が書けるとはとても思えないのだけど?」
「……」
「新聞もこんなに溜まっちゃって……ん?」
ジュリアは何も言い返してこないアーシスを横目に、ローテーブルの上に山積みされていた新聞をひとまとめにした。しかしひとつの記事が目に留まり、その手を止める。
「――これ、じゃないっ!?」
ジュリアはアーシスの眼前に拾い上げた新聞端の記事を指さす。
「うぉお!? なんだ? ……『雑用係募集』?」
「これ、めちゃくちゃよくない!?」
改めて記事を読み上げる。
「『勇者・聖女が集う旅に同行し、炊事雑務一般を担う雑用係を募集中!
応募要項:成人~50代、男女問わず、国籍問わず、持病なし、資格持ち歓迎。コミュニケーション能力がある方大歓迎。
報酬:金貨500枚(帰還後に金貨一括にて支払い予定)
試験内容:筆記試験(一次)、面接試験(二次)を予定
受付締切日』……って、はぁ!? 今日の正午!?」
しまった。試験とは別に受付が必要なのか。
雑用係として旅に加われば、魔王領へ難なく辿り着けて魔王の許へ行けるかもしれない。そう思ったのだが。
ジュリアは壁の時計に視線を向ける。
時刻はまだ朝の八時。時間には十分余裕がある。
(こうしちゃいられないわ! 今すぐ準備を――)
急いで用意しようとしたジュリアの手を、アーシスの言葉が止めた。
「ちょい待ち」
「なっ!? 何よ、アーシス」
「よく考えてみろ。お前みたいな小娘が万一試験を受けれたとして、他の受験者たちに勝てるわけないだろ?」
「そ、それは、そうかもしれないけど……なんでも、やってみなくちゃ分からないじゃない!」
「いいや、俺が試験官だったらまず落とすね。こんな右も左もわからんような小娘は特にな」
「言ってくれるわね……」
現に、荷物を盗まれて一文無しのジュリアには先立つものが何もなかった。
けれど。
「……もし落ちたとしても、別の方法を見つけて、絶対行ってみせるわよ!」
もし雑務係に受からず勇者の旅に同伴できなくても、魔王領へ行く手立ては探せばきっとある。旅費を稼ぐ必要はあるが、貯まってしまえばどうとでもなるはずだ。
道中の旅が、複数か一人かの違いなだけ。
「……本当に、行く気なんだな」
「ええ。本気よ。だからまずは――」
「はあ。だったら、まずはその恰好を何とかするんだな」
ジュリアは被服店の試着室のカーテンから恐る恐る出た。
『身だしなみから見られている可能性もある』というアーシスに連れられて、王都の目抜き通りの被服店へ開店と同時に入店してからはや半刻。
「お嬢様、とてもお似合いですよ」
「あ、いや。私、娘じゃなくてですね」
頷く店員に苦笑を返しながら、視線はアーシスへと向ける。
「……ねえ、本当にいいの?」
「あ? 何がだ?」
「こんな高そうな服、久しぶりに来たんだけど……その、結構なお値段でしょう?」
店員に促されるまま、あてがわれた服を何着か袖を通したものの、どれも派手だったり装飾が細かすぎたりして気が引けてしまっていた。
今着ているのは、その中でも一番落ち着いた色見と装飾のワンピースだ。
十数年田舎育ちで慣れてしまっていたジュリアの身体は、通気性が良く柔らかい素材の服の着心地が違和感でしかなかった。
「構わん。俺が稼いだ金だ……お袋のアイデアでな。親孝行だと思って遠慮なく受け取れ」
有無を言わさぬ口調ではあったが、どこか柔らかいものを感じる。
「……うん。ありがとう」
まさか、こんなプレゼントをもらうだなんて思ってもみなかった。
「まあ、これで浮浪者には見えんだろ」
「……ウン。アリガトウ」
ひょっとして、これまであった人たちにもそう思われていたりしたのだろうか。
一瞬にして血の気が引いたが、気を取り直してジュリアは自身に喝を入れた。
(何はともあれ、あとは神殿で受付すればいいのよね!)
内心意気込むジュリアに、アーシスがこほんと咳払いをする。
「あー、悪いんだが、受付は一人でやってくれるか?」
「え? ええ、別にいいけど……どこか行くの?」
「ああ、これから劇場に……な」
歯切れ悪そうに話していたアーシスだったが、その表情は昨日よりもいくらかましに思えた。
「ええ、わかったわ」
彼といったん別れ、ジュリアは教えてもらった王都の中央区にある神殿へと向かう。
午前の最後の賑わいなのか、閉まりつつある市場にはまだいくらか人通りが出来ていた。
しかし、ジュリアが神殿へと続く一本道に辿り着いた時。背後から女性の叫び声が聞こえた。
「きゃあ!! ……!? 泥棒よ!!」
「!?」




