12 忘れ形見
ジュリアは荷物を盗まれたその足で、一番近くにあった王都警邏隊の詰所へと駆け込み、被害届けを提出した。
「はい。こちら受領しましたので、何か進展があり次第連絡先に――と、すみません、まだ宿は取られていなかったんですね」
彼女が記載した書類を見ながら、警官が視線をこちらへ向ける。
「はい。これから予定はしているんですが……」
幸い、財布はいくつかに分けて隠し持っていたため、今日の宿くらいは何とかなりそうだった。しかし、荷物の中には今後の旅にと用意したものがいくつもある。それらが無くなるのはいささか厳しい。
「では、宿泊先が決まり次第、またこちらに出向いていただけますでしょうか」
「はい、わかりました。あの……犯人、捕まりますよね?」
ジュリアの切実な問いに、警官は苦笑を返すだけだった。
「こちらでも最善はつくしますが、必ずとはお約束出来かねますね……」
なんせ王都は広大で、窃盗事件も日に多いと数十件起きている、というのだ。だから、見つかる見込みは絶望的、と暗に言われているようなものだった。
(犯人、絶対許さん……!)
詰所を後にし、ジュリアは考える。
一度はこのまま宿を取ろうとは思ったものの、荷物が返ってこなければ無一文も同然だ。現状で一番厄介なことは、旅が続けられないこと。ここで下手に有り金をすべて使ってしまえば、旅すらまともに出来ないだけではなく、宿や食事にすらありつけない可能性も出てくる。
ここは、一銅貨たりとも無駄にはできない。
(とはいえ、稼げる手段なんてそうそうないし……)
路銀稼ぎができそうな特技の一つや二つ、身に着けておくべきだったか。
記憶の中にある五つの前世でも、人に披露できる特技を持っていたのは歌が上手かった二番目くらいだ。
次いで、料理と子守り歌が上手かった五番目の――
そう思いたった時、ジュリアの足が、はたと止まる。
(――あった! 最速でお金が手に入る方法!!)
しかしそれは、本来なら絶対に使いたくない方法だった。
今まで頭の隅に過ったことはあれど、実際に本気でやろうとは思っていなかった方法でもある。
なにせ、それで一度痛い目に遭っているのだ。
「……」
広場の噴水をぐるぐると廻り、散々逡巡した結果。
「……はあ。仕方ない」
ジュリアは最終手段を使うことにした。
そう。お金がないのなら、貰いに行けばいいのだ。
相手は、幾度も重ねた人生の中で唯一彼女を信じ、そして約束を守ってくれた人物。
〝前世の〞息子である。
(とはいえ、どこに住んでるかまでは知らないんだけど……)
王立劇場へ行けば、何かわかるかもしれない。なにせ、彼――アーシスは今や有名な劇作家兼脚本家でもあるのだ。
◆
「おおっ! ここが王立劇場!!」
ジュリアは思わず感嘆の声を上げた。
夕暮れの中、いくつもの明かりで照らされた白亜の劇場前には、大勢の人だかりと馬車がずらりと並んでいる。
本日の演目は『救世の聖女と魔王』。もしかしたら、聖女選定が開催される今に合わせて上演されているのかもしれない。
この話の原作と脚本を書いてるなら、さぞ懐が温かいことだろう。
「さて」
問題はここからだ。
観劇料は一番安い三階席で一人銀貨五枚。
手持ちはいくらかあるとは言え、観客席から役者や関係者のいる裏手側へはいけないはずだ。
ならば出演者の関係者を装って裏で出待ちを行うか? いや、関係者ならわざわざ外で待たずに、約束があると言えば通してもらえるはずだ。逆に怪しまれてしまうかもしれない。
そして、お上り感が半端ない少年の見た目で、警備員が「はい、どうぞ」と通してくれるわけがなかった。
「……やるしかないか」
ジュリアはひとり裏手へと廻り、役者や劇団関係者が出てくるのを待つ。
上演中ということもあり人通りは全くなかったが、しばらく待って舞台が終わった頃、ちょうど話しかけやすい風貌の男性が裏手から出てきた。
「あの! すみません」
「なっ、なんだ!? キミは……?」
一瞬男性にぎょっとした表情で睨まれるも、ジュリアは意を決して口を開く。
「えっと、私は脚本家のアーシス=グラフィアさんと遠縁のような関係なのですが、取り次いでいただけますでしょうか?」
「アーシスさんと? 悪いな。いくら身内でも、部外者を中には連れていけな――」
「中にはお邪魔いたしません! せめて、お家の住所を教えていただくことは可能でしょうか。彼の母君から、何かあれば彼を訪ねるよう言われて……荷物もなくしてしまい、道中色んな目に遭いながら、やっとここまで辿り着いたんです! ですからどうか……っ」
矢継ぎ早に考えていたセリフを口にする。
(……嘘は言ってない、はず)
ここまでの道中、魔物に遭ったり、スリに遭ったり大変だったのも事実だ。
「わ、わかったよ。今、知ってるやつに聞いてくるから、ちょっと待ってろ」
「あ、ありがとうございます……っ」
深々とお礼をして、待つこと数分。
「ほらよ。字は読めるな?」
「はい、大丈夫です。レートナイロ通り54番地、ですね。……あの、何か?」
手渡された紙に書いてある住所を読み上げたが、男の表情に何か影があったのでジュリアは聞き返した。
「……いや、まあ、何でもない。上手くやれよ」
「はい、ありがとうございました」
渡された紙切れに書かれていた住所は、劇場から歩いてほど近い場所にあった。
ジュリアは、かつて見たことのない三階建てのアパートメントを見上げて溜め息をつく。
「こんないいところに住んでるなんて……」
立地や建物の大きさから考えて、ここの家賃があれば村で一か月は暮らせそうだった。
「……よしっ」
ジュリアは深呼吸をし、心を落ち着ける。
今から会うのは、ひとつ前の人生であるティアンナの忘れ形見。
彼女は、まだ小さかった彼を遺して先に逝ってしまったことに強い後悔を覚えていたけれど、
扉のドアチャイムを鳴らそうと手を伸ばした、ちょうどその時。
家の中で、ものすごい音がした。




