10 失ったもの
王都へと着いたのは、空が茜色を帯びる頃だった。
「聖女候補の皆さんは、一旦、神殿へとご案内いたします。こちらへお集まりください」
フェルナンドは、聖女候補者たちの誘導を部下に任せ、一人後方に止まっていた商人の馬車へと足を向ける。
「申し訳ありません。少々よろしいでしょうか?」
「はい? って、騎士殿。いかがされました?」
ジュリアンとは別の少年に荷積みを指示していた商人が振り向き、フェルナンドへその視線が向けられた。
「もう一人ご一緒だったあの少年は、今、どちらに?」
しかし、てっきり彼の徒弟だと思っていたジュリアンは、商会の人間ではないという言葉が返ってきた。
なんでも、早急に王都へと向かいたかったらしい彼は、商人と取引をして馬車へ乗せてもらったとのこと。
「俺もあいつに礼がしたかったんですがね。着いた途端に逆にこっちが礼を言われちまって、直ぐにどこかへ行ってしまったんですよ。
あいつに何かご用でも?」
「いえ。彼からいただいた薬のおかげで、魔獣退治が迅速に済みましたので、そのお礼をと……」
そしてもう一つの疑問について、答えてもらおうかと思っていたのだが。
「そりゃ、お互いに残念でしたな。まあ、縁があればそのうちまた逢えますよ」
そう言い残して馬車ごと去る商人を、フェルナンドは敬礼をして見送った。
(縁があれば、か……)
気になっていたのは、彼が的確に魔核の場所を言い当てたことだった。
聖職者や魔獣退治の経験を積んだ者の中には、時として魔力の動きを感じ取れたり、実際に可視できる者がいるらしい。
しかしそれが発現するには文字通り修行や研鑽を積まねばならず、今年十八歳を迎えたフェルナンドより年端もいかないあの少年は、そのどちらかに当てはまっているようにも思えなかった。
もし仮に、少年が名のある聖職者と血縁関係にあったとして、歴代の聖女や聖職者の家系は各国で厳重に管理記録され、その保護下にある。
そんな上流の身分にある者が、わざわざ商人の馬車に相乗りを願うだろうか。
もしくは、それほど先を急ぐ理由があった、という場合だが――
(……いや、余計な詮索はよそう)
仮にも恩人だ。
感謝こそすれ、疑いの目を向けるなど言語道断である。
フェルナンドは、最後に見た彼の後ろ姿を思い出した。
その背にどこか惹かれるものがあると感じたのは、きっと何かの間違いに違いない。
フェルナンドは〈断罪の聖人〉の鞘を握り、自身の部隊の許へ踵を返した。
◆
ジュリアは、王都の市場をひとり歩いていた。
その顔は深刻な表情を浮かべている。
「……」
さて。どうしたものか。
魔獣を初めてみたが、あんなのが世界にはゴロゴロいるのだろうか。
だとしたら、これから一人で旅をするのはあまりにも危険過ぎる。
あの時フェルナンドに渡したのは、昨日の選別で不要になったからとグルムントから貰い受けたマラトアの葉を煎じて作った即興の痺れ薬だった。
本当は今後の旅の防犯対策にと作ったものなのだが、人命には代えられない。
それよりもジュリアにとって、もっと重大なことがあった。
(……まあ、あれだけでバレたりはしないわよね?)
今の自分には、聖女のように精霊と話すことはおろか、その姿を視ることも出来ないし、神通力を使うことも出来ない。
けれど、一つだけ出来たことがあった。
それは、魔力を靄として視ること。
これは、あのフェルナンドの持つ剣を目にしたときに確信へと変わった。
あの剣には、間違いなく精霊が宿っている。
けれど、その姿を視ることは出来なかった。
かつて神々と精霊から愛された聖女であれば、例え契約者ではない精霊だとしてもその眼に映し言葉を交わすことは可能だったはずだ。
しかし今のジュリアには、その時の感覚から〝何か〞がいる、ということくらいしかわからなかった。
これでは例え聖女の生まれ変わりだと訴えても、嘘つきの痴れ者、最悪不埒な魔女として断罪されるに違いない。
(まあ、絶対に言うわけないけどね)
自ら正体を明かすことなんて馬鹿な真似はもう二度としない。
だから今度は、自分一人で辿り着いてみせるのだ。