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チェスター様と婚約して数日がたったある日のこと。相変わらず目線が合わないチェスター様と朝食をとった後、チェスター様が話を切り出した。
「あの、だな」
「? はい」
チェスター様は、困ったように目線をさ迷わせる。そんなに言いづらいことなのだろうか。
「近々、夜会が行われるんだ」
「はい」
社交界が苦手と名高いチェスター様がなぜ、急に夜会のことを?
「そこで、君も出席してほしいんだ。その、私の婚約者として。……って、嫌だよな。こんな私のような男のエスコートを受けるどころか、婚約者だなんて。やはり今からでも婚約を解消──」
いやいやいやいや。チェスター様。私まだ、なにも言ってないですよ!
「わかりました、チェスター様。チェスター様にエスコートしていただけるのとても楽しみにしておりますね。それから、」
きっぱりと言葉にする。
「二度と婚約を解消するなんて、言わないで。とても、悲しいです」
その言葉が、私のために出たのだとしても。
言い終わるのと同時にじわり、と涙をにじませる。チェスター様がどんな人かまだわからないけれど。私はチェスター様と恋愛結婚をしたいのだ。いちゃいちゃだってしてみたいし、子供だって、三人は欲しい。
「す、すまない! 君を傷つけるつもりはなかったんだ」
私の涙に動揺したチェスター様は、あわあわとしながら頭を下げた。
「ただ、やはり私に君は勿体な──」
「チェスター様は、私のことがお嫌いですか?」
秘技うるうる攻撃! なるべく儚く見える角度でチェスター様を見つめる。
「そ、そんなわけない! 見目も心も美しい君を嫌いになるはずない」
見た目はともかく。私の心は真っ黒です。なんて言ったら、チェスター様は女性不信になりそう。
けれど、心が真っ黒な私はここで更にたたみかける。
「私もおなじです、チェスター様。チェスター様はご自身を醜いとおっしゃるけれど。チェスター様はとても美しく、また、優しい方です」
チェスター様は毎朝私に花を贈ってくれる。チェスター様について、知らないことの方が多いけれど。優しい人だというのは間違いなかった。
「チェスター様、私……」
ここで、頬を上気させて、目元は相変わらずうるませる。
「チェスター様のこと──」
「ま、待ってくれ! まだ心の準備がっ! そもそも私たちはまだ出会ったばかりだし、そういうのはまだかなりはや……」
「知りたいです」
私がそういうと、
「え? そっ、そうだな。私も君のことを知りたい……。勘違いしたなんて羞恥で……死ぬ」
「チェスター様!?」
チェスター様は、顔を真っ赤にして倒れてしまった。
えっ!? なんで!? 私、チェスター様の心を落とそうとしたけれど、意識は落とそうとしてないわよ!?
驚いている間に、家令のルイスがやってきて、チェスター様を介抱する。
チェスター様の恥ずかしすぎる、といううわ言が、屋敷にこだましていた。