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第九十九話・女神降臨

ーーーーーーーーーー


 その日、犬王国の片隅にある小さな田舎の村に、新しい女神が降臨した。


 小さな神殿は、村人達の手により常に清潔に保たれ、季節折々の草花が欠かすことなく飾られている。


 毎日村人達は代わる代わる祈りに来ていた。


 村人達はほとんどが雑種の犬種属で、純血種や貴族とは縁遠い者ばかりだったが、皆穏やかで気立てが良く、村にはいつも笑顔があった。


 ある日、流行病なのか、皮膚がただれて痒みを起こし、それから熱が出て体が動かなくなる病気が、村人達を襲った。村人達は必死に薬草を集め、治療を試みたが、病にかかった者は衰弱するばかり。


 村人達は三十年間姿を見せていない女神に必死に祈り続けた。


 その日は気持ちの良い快晴で、朝から神殿が淡い光に包まれていた。何か起きるのではないかと村人達は期待に満ちて神殿に集まった。


「皆さん、初めまして、女神ルカです。病気で苦しむ方がいると聞き、やって来ました」


 村の年寄りが知る女神ファトゥムとは別の、まだ幼さが残る黒髪の女神が現れた。なんとその女神は美しい黒い翼を背負っていた。


「女神様、どうか病に苦しむ者達を救って下さい!」


 村人達が次々と病人を連れて来た。


 女神ルカはその姿を現し、地上に降り立つと、病人に優しく手を当てて次々と病気を癒して行った。


「ああ、あんなに辛かったのが嘘みたいだ」

「あの痛痒さが消えた」

「体がだるくない、熱も下がったみたいだ」


 治癒された者達はあっという間に元気になり、口々に奇跡を称えた。女神ルカは優しく温かい笑顔で、


「良かったです。祈りを捧げてくれてありがとうございました。それでは、また」


 と謙虚に告げると、消えて行った。


 この話は瞬く間に犬王国と猫王国に伝わり、大騒ぎになる。ニンゲンのルカが女神になった、と多くの者の耳に届いたのだ。女神ルカに会いたい者達は、その日から毎日のように神殿に足を運ぶようになった。



ーーーーーーーーーー



「というわけで、治癒してきました。女神っぽく振る舞ってみたんですけど」


 私が簡単に説明すると、ファトゥム様は、 


「初めてにしては頑張りましたね! 今時珍しい信心深い村人達で良かったですね。これから感謝されてルカにたくさんの力が集まると思いますよ」


 と褒めてくれた。それにしても、ちょっと行って戻ってきただけなのに、またしてもコノエは居ないし、ウィルとルーカスもなんだか険悪だ。


 キザリハはファトゥム様にべったりだったらしい。


 私はちょっと部屋に行くと説明して、さっき作った自室に入った。ウィルとルーカスもそれぞれ部屋を作って過ごすつもりらしい。キザリハはなぜか当たり前のようにファトゥム様と私についてきた。


 今度は私にすがりつくキザリハを撫でながら、私は目の前を妖精のように飛び回っているファトゥム様に話しかける。


「ファトゥム様、かつて一緒にこの世界に来た犬人、猫人達は仲良くやってくれてました? なんか、みんなと上手くやっていける気がしないんですけど」


 みんなそれぞれが私と二人でいたいと望んでいるのが分かるから、なんだか疲れる。ファトゥム様はニコニコ笑っている。


「あらー、私の時はしょっちゅう喧嘩してましたよ。毎回血の海でしたね、この世界に来たら死ななくなりますけど、それにしても殺し合いと言っても差し支えないような喧嘩でしたよ! それに比べたらルカと共に来た者達は大人しいと思いますけど」


 えっ、そんな激しい喧嘩をしてたの……そんな事されて辛くなかったのかな。


「辛くなる前に、きちんと一対一で向き合って下さい。そうすれば落ち着きますよ」


 またファトゥム様に心を読まれてる。さっきも言ってたけど、望めばそれぞれと生きられるって、どういう事なんだろう。


「ルカが過ごしたい方を訪ねて、二人で過ごす未来を想えば、そこから始まりますよ」


 抽象的なことを言ってるけど、とりあえず、一人ずつ訪ねれば良いみたい。


 そんなことを思っていると、突然、体がどこかにぐっと引っ張られる感じがした。


「わっ、何ですか、この違和感。どこに引っ張られてるの?」


「あらあら、急な呼び出しですね。ズーアスで何かあったようです。ルカ、また出番ですよ」


「えっ、何かあるとこんなふうに呼び出されちゃうんですか?」


「そうでーす。時間の概念はここでは通用しないけれど、まあ24時間いつでも呼ばれちゃう超ブラックな仕事と思っても差し支えないですね。その代わり、睡眠も食事も必要ない、病気にもならない、疲れも感じない体になっていますから」


 それは良いのか悪いのか……体は疲れなくても心はもうヘトヘトです。そう思ってる間もぐぐぐっと引っ張られる。


 私は諦めてそっちに行く事にした。


「行ってらっしゃい、キザリハの事は見ておきますよ」


 ファトゥム様がにこやかに手を振っている姿を見ながら、私は引っ張られるがままになって、世界がふわりと変化した。



ーーーーーーーーーー



「怪我人はそこへ並べるんだ!」

「もうダメだ! こいつは助からない!」

「うわぁぁ、腕があぁ!」


 土煙の中、怒号と悲鳴が飛び交っている。皆、猫人で作業員のような簡易的な衣類を見に纏っている。


 建設中の神殿の一部が崩落し、何人もの作業員が巻き込まれて怪我をしたらしい。


「ぐわあぁぁ、痛い!」


 悲鳴が聞こえてくる。私は大急ぎで姿を現し、猫人達に語りかけた。


「私は女神ルカです。怪我人をこちらへ集めて下さい」


 女神として顕現し、ニンゲンとしてズーアスを歩き回っていた頃と同じように自分の足で地面に立つ。


 私の周りには土埃が飛んで来ず、澄んだ空気が満ちている。私は風を起こして土埃を飛ばし、一帯の見通しを良くした。


 泥や埃、血だらけの猫人もいる。私の姿を見てギョッとする者が多い。犬人ほど信心深くないもんね、変な目で見られても仕方ない。


「め、女神!? 女神が来たぞ!」


「神殿を壊したから怒って現れたのか?」


 助けに来たのに、そうは思ってもらえないみたいで、大騒ぎしつつもみんな腰が引けている。私は安心してもらうために両手を広げて口を開いた。


「沢山の猫人が怪我をしたようなので、治癒をしに来ました。神殿の再建をしていたのですよね、ありがとうございます。怒っていないので、早く怪我人を集めて下さい」


 私の言葉に猫人達がおずおずと従い始める。


 怪我人は、十数人くらいかな。二人がかりで運んできてくれたのは、顔が半分潰れている重症の猫人だ。


 もう虫の息で、意識も無い。私は両手をその猫人の頭に向けて、この猫人の回復を祈った。見る見るうちに傷が塞がり、猫人が息を吹き返す。


「奇跡だ……もう助からないと思ったのに。これが女神の力なのか」


 運んできた猫人はただ驚いている。


 治癒の終わった猫人は起き上がり、辺りをキョロキョロしている。


「石が顔に落ちて死んだかと……ハッ、あなたは女神? 助けてくれたんですか?」


 私は笑顔でうなずいた。すっかり綺麗に治った猫人の顔は、整っていてまだ若々しい。白地に黒い斑のある可愛らしい耳を生やしている。


 猫人は地面に這いつくばるようにして私に礼をしてきた。


「ありがとうございます」


「礼には及びません。他の怪我人も治癒するので、連れてきて下さい」


 私は女神っぽく振る舞うので精一杯だよ。それっぽい口調で頼むと、ついさっき死にかけていた猫人は元気に他の怪我人を助けに行った。


 続々と連れて来られる怪我人を治していく。ほんの少し疲労感はあるけれど、治癒して感謝されるほどに体が軽くなっていくから不思議だ。


 あと二人、というところで、治そうとした猫人を見て私の動きが止まった。腕を骨折しているその大柄な猫人も、私を見て固まる。


「き、貴様……ニンゲンめ……女神にとって変わったのか!」


 そう、懐かしのファルザーム元公爵が、目の前にいたのだ。骨折した腕は痛々しいが、最後に会った時より健康的に見える。日焼けした肌に、肉体労働のおかげで引き締まった筋肉質な身体、貴族だった頃とは別人のようだが、元気そうだ。


「好きで女神になったわけじゃないんですよ。元はと言えばマトヴェイさんのせい……かも。さぁ、腕を治すから出して下さい」


「なんだと……貴様は自分を殺そうとした奴の怪我まで治すのか? 随分お人好しだな」


 いちいち突っ掛かって来るけど、それに対して以前ほど不安になったり腹が立つ感じは無い。女神になって感情の起伏も変わったのかな。それとも、腹を立てるような相手じゃないって感じてるのかな、私自身が。


「私は今や女神ですから。ズーアスに住む貴方も、守るべき一人ですし、さぁ、どうぞ」


 私が挑発に乗らないのを見て諦めたのか、ファルザームは骨折した腕を見せてきた。私は掌をかざしてすぐ治した。


「は……大した力だ。女神にとっては我々も哀れな蟻か、もしくはペット同然か」


 自分でそんな事言わなくても良いのに。私はそっとファルザームの肩に触れた。


「確かに私は貴方から全てを奪ったけれど、命は残しました。そして、貴方が生きるズーアスが、より良い世界になるようにこうやって努力しています」


「いくら努力したところで、無駄な事もある。より良い世界など実現しない。その事実にぶつかったら、貴様とファトゥムと同じように我々を見放すのだろう」


「やってみなければ分からないし、ファトゥム様は見放してなんかいませんよ。今も私と一緒にズーアスのために頑張ってくれてます。これからも力を貸してくれるだろうし、私も、貴方みたいに苦しむ方が居ないように頑張りますから」


 このおじさんは、ファトゥム様に見放された事や、世の中が汚い事に参ってたのかしら。伝わって来るのは苦しみと怒りだ。自分で猫王国を混乱させといて……と思ったけれど、彼的には自分が正しいと思ってした事だもんね。


 そして今そのツケを払ってる。

 そう思うと私は心からこのおじさんを嫌いになったり、怒りが沸くような気持ちにはならなかった。


「あと一人で終わりですね。ん……?」


 あと一人は、足を怪我しているらしく横になっている。見ると耳と尻尾が深い灰青色で、キザリハと同じ色だ。


 しかもちょっと肥えてる。ファルザームとセットのあのおじさんでは? 私が静かに歩み寄ると、顔をそっぽに向けてこちらを見ないようにしている。


「マトヴェイさん……ですよね。今治しますから」


 触れて欲しくなさそうだったので、遠目に手をかざして傷を治した。


 マトヴェイらしき猫人はそっぽを向いたままだ。たぶん顔も合わせたくないんだろうな。それならそっとしておいてあげよう。


 私は黙ってその場を立ち去ろうと、ふわりと宙に浮いた。


 治癒した猫人達や、周りにいた猫人達が口々にお礼を言って来る。ファルザームはじっと私を見ているだけだけど、なんだろう、試すような視線だ。これから私が女神としてどうして行くか見極めようとしてるのかな。


 マトヴェイも立ち上がっていたけれど、私の方を見ないようにしている。いじけた猫みたい。


 私がじっと見てるのに気付いたらしく、いきなりマトヴェイはこっちを見た。その瞬間、マトヴェイの感情が私の中にすごい勢いで流れ込んでくる。


(儂があんなにお慕いしておったファトゥム様は何処へ行ってしまったのだ……もしやこの女に代替わりしたせいでファトゥム様はもう……? ああ! こんな事になるのなら、意地でも祈り続けてひと目でもファトゥム様にお会いするべきだった……。お姿を現してくれないからといじけ、遂には憎み神殿を破壊した儂のことは、恐らくもう許してはくれまい)


 えっ、そういうことだったの?


 つまり、マトヴェイはファトゥム様のことが好きすぎて、姿をあらわさなくなったことに腹を立てて神殿を壊してたのか。好きな気持ちも拗らせると大変なことになっちゃうのね。


 これは、後ほどファトゥム様に伝えて、もし出来ることならファトゥム様とマトヴェイを会わせてあげたいな。なんか、それができたらきっとマトヴェイが救われる気がする。そしてマトヴェイが救われると私も嬉しいし、ファルザームのあの暗い考え方も変わる気がする。


 私は答えが見えて来てちょっと嬉しくなりながら、集まって口々に私を称えてくれている猫人みんなに挨拶をした。


「皆さんが無事で何よりです。私はいつでも見守っています」


 本当にいつでも、なんだから笑っちゃうよね! 内心そう思いながら、私はまだ神の世界に戻った。


 二箇所行っただけでどっと疲れたよ。こんな日は、誰かと他愛無い話をしたり、美味しいものを食べてゆっくりしたい。ファトゥム様と話すとまた仕事モードになっちゃうから、その前に、しかしゆっくりしようかな。

長くなってしまいました。本来なら二章ぶんになるボリュームです。上手く分けられませんでした。力不足。

この作品の数少ない悪役二人も、ちゃんと救われます。

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