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第九十七話・神の世界

「ここが、ルカ様と僕の新居……」


 ウィルが呟いた言葉を、私はあえて聞こえないフリをした。


 私、ウィル、コノエ、キザリハ、ルーカスがやって来たのは、私が初めて女神様と出会った真っ白な世界。


 ファトゥム様に見せてもらった時のように、私が自分の好きなイメージで生活空間を作り上げなきゃいけないみたい。


 私はまず、元いた世界の自分の家を思い浮かべて、リビングを広めに作り上げた。


「わぁ、いきなり変わった! 怖いよう」


 キザリハが、突如現れた家具達に怯えているので、私はキザリハを手招きした。


「おいでキザリハ。怖くないよ、みんなが過ごしやすいように部屋を作ってるの」


「そ、そうなの……? ぼくの場所も作ってくれる?」


「もちろん。後で、どんな場所なら落ち着くか教えてね」


 キザリハは少し安心したみたいで、私にくっついたまま、出来上がっていくリビングを見つめている。


 明るい無垢の木のフローリングに、グリーンのカーペット。木でできたテレビ台の上に液晶テレビ。それから五人がゆったり座れるダイニングテーブル。


 オープンキッチンに、冷蔵庫、ガスコンロまでもイメージ通りに仕上がっていく。


「みんなに説明があるから、まず座って」


 神の世界、なんて厳粛そうな呼び方をしているけれど、私のイメージですっかり現代日本の普通のリビングになってしまった。まだファトゥム様が暮らしていた高級ホテルの貴賓室の方が良いけど、今の私はそれをイメージする力がない。


 みんなテレビや家具を不思議そうに気にしながら、大人しく席に着いてくれた。


「ファトゥム様が私に女神の力を渡してくれた時、少しだけ説明してくれたの。この世界は、私の想像でどうにでもなるって。それから、ズーアスにも好きなように干渉できるらしいんだけど、何かする時にはここにいる全員が集まってないとダメらしいの。普段は別々に暮らしても良いって言ってたわ」


 確かこんなところだよね。あの時は早口で捲し立てられたから良く覚えてないけど。


「ルカ様、とりあえずそれぞれが暮らす場所を作りましょう。僕とルカ様の住まいを……」


「俺とルカの家が必要だ。他の奴らは好きにすれば良い」


「俺は今のところは一人で暮らしますが、なるべくルカ様のそばに居たいです」


「ぼくのお家はルカ様と一緒だと怖くないから嬉しい……」


 みんなが一斉に好き勝手なことを言い出す。不思議な事に、ただ言葉を耳から聞いているだけでなく、みんなの考えていることも一緒に頭の中に流れ込んできた。


 ウィルはとにかく私と二人で過ごしたい、しか考えてないし、コノエも二人きりで静かに過ごしたい、って思ってるみたいだし、ルーカスは控えめだけどこれから仲良くなりたいとか思ってるみたいだし、キザリハはとにかく怖くないって分かるまで私から離れるのが不安みたい。

「わー!! なんか、思ってたのと違う……」


 私は叫ぶと、一人テーブルに突っ伏した。


 女神になっても、住むところ以外あんまり変わってないじゃない。来てくれた四人は好き勝手な事言ってるだけで、特に変化もないし。ほか、体が消えちゃうとか、そういうのも一切なく、普通にこの世界に存在してる。


 私には、魔法の延長線みたいな感じで、望むものを生み出す力があるみたい。


「みんな、喉渇いたでしょ……飲み物を出してみるね」


 私はグラスとジュースを思い浮かべて、それをテーブルの上に生み出した。キザリハがかなり驚いてテーブルの下に隠れてしまったけど、そんな怖くないってば。


 ウィルが気を利かせてグラスにジュースを満たして私に渡してくれる。しかし私と自分の分だけで、コノエとルーカスのぶんは知らんぷりだ。


「とりあえず……みんな、好きなように自分の家を造れるようにするわ。私からその権限を渡します。出来上がるまで私は一人で少し休むね」


 大神殿に長く留まり続けたせいなのか、まだ頭痛の余韻が残ってる。私は自分の部屋を造り出して、四方を壁で囲い、扉を開けて中に入った。


 疲れていたので、みんなのことは振り返らなかった。キザリハはダイニングテーブルの下で震えていてちょっと可哀想だけど、今は少し離れていたい。


 懐かしい自分の部屋。ずっとズーアスで暮らしていたから、すごく違和感がある。どこで違和感を感じてるのかじっと考えてみると、シンプルなベッド、これがまず違和感だ。


 もう少しゆっくり落ち着いて過ごしたい。すると大きな支柱に天蓋のついたベッドに変化した。これは猫王国で過ごしてた時のベッドを少しシンプルにした感じ。本棚の中身もぼんやり思い出せないので、今は空にしておく。勉強机も違和感しかないので、犬王国の宿木の館にあった鏡台に変えた。


 私はベッドに座ってため息を漏らした。


「イメージしたものを具現化させるほど疲れる気がする……何から手をつけて良いのか、何をすべきなのか分からないし。一緒に来たみんなとどう過ごせば良いのかも分からない。ファトゥム様、もう少し色々教えてから居なくなって欲しかったなぁ」


 愚痴を漏らすと、いきなり私の掌がぼんやり光り出した。私は驚いて手を振る。すると、掌の上に小さなファトゥム様の姿がぼんやり浮かんでいた。


「ルカ、私のこと呼びました?」


 ピーターパンに出てくるティンカーベルのような、小さな妖精風になったファトゥム様が、にこやかに私を見ている。


「えっ!? ファトゥム様なんですか?」


 私が驚いて声を上げると、ファトゥム様は茶色い瞳で私をしっかり見て笑顔になった。そう、あの財宝のようなまばゆい金色ではなく、普通の茶色い瞳だ。


「そうですよ。ルカが私を呼び起こしてくれたのでしょう?」


「えっ、あんなに切なくお別れしたのに何で……?」


「女神たる貴方が、私の事を必要だと思ったからです。今の貴方にはそれだけの力があるんですよ」


「じゃあ、ファトゥム様は消えてしまった訳ではなかったんですか?」


「ルカに呼ばれるまでは、無でしたよ。私と言う存在は消えていました。貴方に呼ばれてこうして現れて、自分が無に帰していたのだと自覚しました」


 なんと……一度は消えてしまった存在まで呼び起こせるの? 神って本当になんでもアリなのかしら。


「ルカが困っているようなので、少しお手伝いしましょう。まず、共に来た者達……あら、ルカも意外とたくさん連れて来たのですね」


「私が望んだわけではないんですが、増えてしまいました。それが頭痛の種なんです」


「そうでしょうね、私の時もそうでした。ですが、大丈夫ですよ。それぞれ別の場所で、それぞれ貴方と二人で過ごして貰えば良いだけの事です」


 え? 私は一人しか居ないのに、何を言ってるんだろう。私は掌の上で自慢げに話すちびファトゥム様を見つめた。


「女神ルカ、貴方が望めば、ウィリアム、コノエ、ルーカス、それにキザリハ、それぞれと生きる未来を全て選ぶ事が可能なんですよ」


「それは、私が分裂するとか、何人にも増えて行動するとかですか?」


 ちょっと意味がわからず、現実的にみんなと個別に過ごす神の力っていうのを想像してみる。それとももっと現実的には、日別とか、週毎に過ごす相手を変えるとか……?


 ファトゥム様はアハハ! と声を出して笑っている。女神だった時のお淑やかそうなイメージと違って、悪戯好きそうな可愛らしい少女のようだ。


「いえ、ただ、未来を望むだけです。ルカは時間軸に縛られる存在では無いので」


 うーん、私の頭では理解不能だ。私だけがみんなと違う時間の過ごし方が出来るから、みんなと個別に過ごす事が出来る、ということ? じゃあ私だけがめちゃくちゃ忙しく、みんなと過ごして回らないといけないってこと……? そんなの体も心も疲れそうだし、八方美人みたいな真似はしたくないなあ。


 ファトゥム様は両手をぶんぶん振って、「違いまーす!」と声を張り上げている。もしかして、もしかしなくても、私の心の声まで聞こえてるの?


「はーい、聞こえていますよ。ルカがわざわざ個別の未来を渡り歩いたり作って繋げる必要はありません。ただ、望むだけです。まぁ、やってみたらすぐ分かりますから。それから、ズーアスへの干渉についてですが、まず天候のコントロールと、病気平癒の奇跡を起こすところから始めましょう」


 またしても話題の切り替えが早い。ようやく気づいたけど、ファトゥム様ってせっかちなのか、話がどんどん進んじゃうよね。私はついていくのもやっとなのに。


「ごめんなさい、こういう性格なもので。先ほどみんなで集まった場所、あそこをコントロールルームとしましょう。ズーアスへの干渉を司る場所です。ルカが設置した液晶テレビでズーアスの様子が見れますし、ルカが望めばズーアスの各神殿から降り立つことも可能です」


「えと、さっき大神殿に留まっていたら頭痛や違和感がして、早くこっちに戻らなきゃってなったんですけど、神殿に姿を現すことは私に何か負担がかかるものなんですか?」


「ある程度、ルカと一緒に来た皆さんがここでの暮らしに慣れれば、ああいった体調の変化は減りますよ。女神の力の原動力は、女神への羨望、信心、好意、信頼、そういった全てのプラスの感情です。だから、ウィリアム達と愛を育む事で、ルカは女神としての仕事がスムーズになるんです。勿論、ズーアスに住む全ての生きとし生けるものからのプラスの感情が力になりますよ」


 ファトゥム様が女神の力を弱らせていたのは、一緒に来た犬人猫人がどんどん居なくなってしまったからなのかな。私はマトヴェイとファルザームが神殿を破壊して回ったせいかなとも思ってたけど。両方とも、力を奪う理由になってたのかな。


「そうですね。愛する者達が満足して無に帰してしまってから、どんどん弱っていきました。それでも女神を続けたければ、ズーアスからまた共に生きる者を連れてくれば良かったのでしょうけれど。そういう欲も無くなっていたので、ルカに任せて消えようと思っていたのです」


 呼び起こしてしまって申し訳ない。私はそう思ったけれど、ファトゥム様は満面の笑顔で、


「女神じゃない自分で居るのは、とーっても爽快です! 呼んでくれてありがとうございます。この時間を楽しんで過ごすので、心配ご無用です」


 と可愛い笑顔で言ってくれた。波が立たない水面のように、感情の起伏が無かったファトゥム様とはまるで別人だ。これから賑やかに過ごせそうだなと思って、私も笑顔になった。

これから神世界と、それぞれのエンディングに向かいます。

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