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第九十五話・女神とは

「私も貴方と同じように、地球から来たのですよ」


 ファトゥム様の優しい声と、言葉の意味に驚いて目を開けると、そこは大神殿の神聖の間では無かった。


 初めてファトゥム様と出会った、真っ白な世界に二人きりで立っていた。


 ファトゥム様は私の手を離し、歩きながら周りに手をかざす。すると、何もない白い空間が、あっという間に居室に変化していく。


 金色のダマスク柄の寝具やカーテン、それにゴージャスな家具。キッチンやバーカウンター、それに大型の液晶テレビまで。まるで高級ホテルの貴賓室のような部屋だ。ずっとズーアスで過ごしていた私にとって凄まじい違和感だ。


「私好みのインテリアなんです。女神の力は、無からの創造。ルカもすぐ出来るようになりますよ。私はここで、私を慕う犬人、猫人と暮らしてきました」


 ファトゥム様お一人じゃなかったのね。私がウィルを連れて女神になるように、彼女も大切な存在と共に女神になったんだろうか。


「長い間、共に暮らし、ズーアスを守り導いて来ました。ですが、心が満たされ、それ以上何かを望まなくなると、私達はこの世界ーー神の世界とでもいいましょうかーーで自分を維持出来なくなるのです。皆んなが去ってしまい、私も早く消えたいと願いながら、三十年……私の次の女神にふさわしい者を待ち続け、ようやく貴方を見つけました」


 ファトゥム様はアンティーク調のキャビネットの上に置かれた写真立てを手に取り、それにじっと視線を落としている。目が見えないけれど、きっと女神の力がある彼女には、見たいものはなんでも見えているんだろう。


 遠目に、その写真立てに数人の犬人猫人が写っているのが見えた。


「私と永遠の愛を誓い合った者達です。ルカにとってのウィリアムと、コノエのように」


「ファトゥム様と恋に落ち、こうして女神になる時にも、何もかもを捨てて、ついて来てくれたんですか?」


「そうです。私は一人だけ選ぶ事が出来ず、五人が自分の意志でついて来てくれました。賑やかで楽しく、素晴らしい日々でした。ルカのおかげで、もうすぐ、皆んなのところに行く事が出来ます。ありがとう」


 五人と聞いてギョッとしつつ、わたしは胸が苦しくなって、掌をぎゅっと握り締めた。


「ファトゥム様が女神の力を失ったら、私に渡してしまったら、消えてしまうんですよね? 天国でその方達と会えるわけではないんですよね……?」


「そうですね。言うなれば神の世界が天国、いえそれ以上のものでしたから、悔いはもうありません。このまま一人で女神を続けるより、皆んなに満たされた心のまま、早く同じところに還りたいのです。お願いできますか、ルカ?」


 何故か私は涙が浮かんできて、悲しさと、言葉にならない感情で、胸がいっぱいになった。早く死にたいと言われているような感じがして、胸が苦しい。でも目の前の美しい女性はこの上なく幸せそうに笑っている。


「私の両眼がこうなったのも、女神としての力を失ってきたからです。このまま女神を続ければ、ズーアスが崩壊してしまう恐れもあります。だから、ルカ、愛しい犬人、猫人達が住まうズーアスの事を、よろしくお願いしますね。さぁ、時間がありません、私の手を取って下さい」


 私は涙を拭ってファトゥム様の両手を取った。それまで周りにあった高級ホテル風インテリアがあっという間に消えて、また真っ白な世界に戻る。


「ルカはおごり高ぶらず、謙虚で、他者を想う心を忘れない、優しい女の子ですね。貴方を愛する者も助けとなり、より良い世界を形創って行けるものと、私は確信していますよ。大丈夫、何でも叶う世界ですから、不安に思う事はありません」


 ファトゥム様の両手が金色に光り、私の中に温かい何かが流れ込んでくる。私の黒い髪が揺れて、だんだん艶を増し、髪だったはずが、鴉の濡羽のように変化してゆく。


「ああ、一つだけ、伝えなくては。神の世界に住み始めた後でも、貴方を愛する者を呼び寄せる事は可能です。但し、送り返す事は出来ません。それから、住まう者同士が不仲ならば、普段は別の場所を創り、そこに住む事も可能です。但し! ズーアスに関わる干渉、何か力を使う時には、全員揃って行って下さいね。そうしないと力の乱れが起きますから」


 私には理解不能な説明をファトゥム様がしている。しかもかなり早口で、もうほとんど時間が無いのだと嫌でも分かる。私はファトゥム様の掌をぎゅっと握り締めた。


「ファトゥム様、私を生き返らせ、ズーアスに呼んでくれてありがとうございます。私が何を為すべきか、どう生きるかを自分で考え、選ばせてくれて、ありがとう」


 私が感謝の気持ちを伝えると、ファトゥム様は嬉しそうににっこり笑ってくれた。それは女神としてのファトゥム様を辞めた、一人の女性の可愛らしい笑顔だった。


 私達の繋いだ掌から迸る光が眩いほどに溢れて、私は思わず目を閉じた。その時、とても温かくて大きな何かが、私の中に入り込んで来るのを感じて、苦しい程に満たされていくのを感じた。




「ルカ様!!!!」

「ルカ!!」

「ルカ様、何とかして下さい!!」


 口々に私の名前を呼ぶ叫び声が聞こえて、私は目を開けた。もうファトゥム様の姿はどこにも無い。まだ彼女から伝わってきた温かい光の余韻はあるけれど……その余韻に浸る間もなく、皆んなの緊迫した声で現実に呼び戻される。


「ルカ様! 大変なんです! ウィルとコノエがーー」


「えっ、コノエ!?」


 ルーカスはかなり焦っているし、ルゥは笑ってて背中に隠れようと震えてるキザリハは顔面蒼白だし、マゼラ大司教もかなり困った顔をしている。


 私は四人の視線の先を見た。


 私が苦心して置いてきた銀髪の美しい猫人コノエと、先程生き返って元気いっぱいのウィルが、お互いの胸ぐらを掴んで睨み合っている。


 コノエ、追いついちゃったのね……。猫王国で置き去りにしてから、大急ぎで私を追って来てくれたんだろう、髪も尻尾もぼさぼさで汚れているし、瞳の下にクマが出来ている。


 対照的にウィルは顔色も良く元気いっぱいで、唸り声を上げてコノエを睨んでいる。


「二人とも何してるの?」


 私は二人のところに進んで行き、声をかけた。驚いたことに、地に足がついていないのに、体が思う方向に進む。魔法を使ってるわけでもないのに体が浮いているのだ。


 私を見たウィルとコノエが、大きく目を見開いて固まった。何でそんなリアクションなのかしら、と思ったけれど、自分でもなんとなく髪に違和感がある。


 ファトゥム様から女神の力を受け取った時、自分の髪が揺れて変化するのが見えたんだったわ、そういえば。自分の手で髪に触れて確認してみると、なんと、髪の先が背中あたりから漆黒の翼に変わっていた。


 私の背中から小さめの翼が生えているように見える。実際は髪の毛が変化したものなんだけれど。


「わぁ、びっくりした……あ、それより、ウィル、コノエ。何してるの? こんな大事な時に喧嘩なんて馬鹿なことしてないよね?」


 私がジトッとウィルを睨むと、ウィルは「いやぁ……あはは」と誤魔化しながらコノエを掴む手を離した。


 コノエもウィルを掴む手を離し、自分の乱れた衣服を整えて、それから私のそばに来て、いきなり私を抱きしめた。


「置き去りにするなんて酷いぞ。一睡もせずにここまで来たんだからな」


 コノエの声があまりに切なくて、私は「ごめんなさい」と呟いた。


「こら! コノエ! 僕のルカ様にくっつくな!」


 ウィルが大騒ぎしてこっちまで飛んできて、コノエの襟首を掴んで引き離そうとする。コノエは掴まれる前に素早い動きでウィルの手を掴み、またしても睨み合う二人。


「わー、もう、二人とも。私の話を大人しく聞いて!」


 ついに女神の力を受け取ったのに、これじゃ何も変わらないじゃない! そう思っていると、なんだか頭の奥がズキンと痛み、ここに長居してはいけないという気持ちが押し寄せて来た。


 多分、女神になった今、ファトゥム様のいう神の世界に戻らなきゃいけないんだ。

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