第九十三話・儀式の始まり
「ルカ様! お待ちしておりました」
またしてもマゼラ大司教の方から私を見つけてやって来てくれた。急がなくてもいいのに小走りで来てくれて、汗をかいて息が荒くなっている。
「マゼラ大司教、いつも突然の訪問で申し訳ありません。これから女神様に会ってお話ししようと思っているので、またあのお部屋を開けてもらえますか? それから、地下に安置している私の騎士の身体を同じ部屋に運んでいただけますか?」
「勿論です。ついに女神ファトゥム様と会われるのですね。私も同席させていただいても?」
「どうぞ、またこの子も居ますから」
マゼラ大司教は私の足にひっついているルゥを見て、ドキッとした顔をしている。あの日、初めてルゥと出会った日から、そんなに時間は経ってないはずなのに、ずいぶん昔のことのように感じる。
マゼラ大司教はだんだんと優しい顔つきになり、そっとルゥの頭を撫でた。
「ルゥさん。あなたが孤児院の子供達の力になっている事は、私の耳にも入っております。ありがとうございます」
ルゥはマゼラ大司教に撫でられても怒ったり怖がったりせず、にっこりと笑っていた。すごいなぁ、ルゥいつの間にこんなに穏やかになったんだろう。
「ルカ様のおかげで、この世界の未来を作る子供達がたくさん救われているのです。感謝してもしきれません」
「そ、そんな……。私は目についた小さなこの子を助けるのにも精一杯ですし、それも途中で投げ出してしまって……この子自身の力と、メイローズ団長や周りの方々の助けがあってこうなれたんだと思います」
私の言葉に、マゼラ大司教はニコニコしてうなずいてくれた。
「ルカ様、そのお言葉、どうかお忘れのないように。ルカ様を助けたいと願っている者は周りに大勢おります。どうか、お一人の力で何もかもを為されようとせずに」
私はマゼラ大司教の優しい言葉が嬉しくて、精一杯頭を下げた。この犬人は、私がこれから何を為そうとしているのかを分かってるのかもしれない。
「ルカ様、俺はウィルを連れて来ます」
ルーカスは足早に地下へ向かって行った。さっき私に照れてたルーカスだけど、絶対彼は私よりウィルのことが好きだよね。本人達を前にしてはとても言えないけど。
私もルゥを抱き上げて、マゼラ大司教の後ろについていく。ついに始まるんだわ。
大神殿の中はひんやりとしていて、心地よい風が流れてくる。いつも慌ただしく働いている神殿の祭司や小間使い、信者達が、今日はいつもより少ない気がする。
「今日のことは、女神様からお告げがあったのです」
マゼラ大司教が私の疑問を感じ取ったのか、歩きながら口を開いた。
「お告げ、ですか?」
「はい。ニンゲンのルカ様が、本日大事な祭祀を行うから、大神殿の人払いをせよ、と」
そっか、それでなんとなくマゼラ大司教は知っている感じだったのね。ありがたいことだけど、女神様、私のところには来なかったわ。
「ルゥのところにも来たよ」
「えっ、そうなの?」
「うん。ルカのそばにいなさい、って言ってたの」
私はびっくりして、抱っこしてるルゥの顔を見つめた。ニコニコしていて明るい。
何故女神様は私のところ以外に顔を出したんだろう。不思議に思うけど、これから会うんだから、気になるなら理由を聞けば良いだけの話だもんね。
そんなことを考えていると、遂に神聖の間の前に辿り着いた。この扉、忘れることはできない。前回来たときに魔法を使えるようにしてもらったのが、もう何年も前のことのように感じる。
「さぁ、お入りください」
マゼラ大司教が鍵を開けてくれて、扉を開放してくれた。だんだんと自分が緊張していくのが分かる。
前に見た水晶は今日も煌めいて輝いていた。あまりに眩しくて私は目を細める。
「今日は、ズーアスの歴史に残る一日になるでしょう」
マゼラ大司教は重々しく呟いた。私は緊張をほぐそうと、深呼吸を始めた。
「ルカ、大丈夫だよ。ルゥは何も心配してないよ」
ルゥが妙に落ち着いている。余裕たっぷりに私に笑いかけてるし、何も心配してないみたい。女神様はこの子に何を言ったのかしら。
私が悩んでいると、バタバタと足音が聞こえて来て、祭司達とルーカスが一緒にウィルの体を運んできた。
「お待たせしました、ルカ様。ウィリアムを連れて来ました」
ルーカスはまだ暗く沈んだ顔をしていた。彼の瞳には悲しみが宿っていて、読もうとしなくても、彼の感情が私に流れ込んでくる。
(ウィリアム、本当に生き返ることが出来るのか……? そしてそれをお前は果たして喜ぶのか?)
すごく不安そうだ。私はウィルの体を横たわらせているルーカスのそばに行き、彼の肩に手を置いた。
「大丈夫だよ。絶対ウィルは喜んでくれる。だから安心して見守っていて」
ルーカスにそう言いながら、実は自分自身に向けて言った言葉だ。きっと、きっと大丈夫。
私は目を閉じて少し呼吸を整えて、それから祭司達は部屋の外に出るように指示した。
神聖の間に、私、ルゥ、ルーカス、ウィル、マゼラ大司教が並ぶ。
吊り下げられた大きな水晶に向かって、私は声をかけた。
「ファトゥム様、お待たせしました。約束を果たしに来ました」
すると、少ししてから水晶が揺らめき始め、視界がぐにゃりと歪むような不思議な感覚の後に、ぼんやりと女神様の姿が浮かび上がった。
「女神ファトゥム様!」
マゼラ大司教が興奮して叫んでいる。両手を固く握り合わせて祈りのポーズをとりながら、大きな瞳をキラキラさせて水晶に映る女神様を見つめている。
「……カ、……ルカ。待っていましたよ」
じっと目を凝らしていると、だんだん女神様の姿がはっきりしてきて、しかも以前のように顔のアップではなく、全身がハッキリと見えてきた。
「今、そちらに行きますね」
ふわりと宙に浮いて、女神様の姿がハッキリと眼前に現れる。
ルゥは、わぁ! と嬉しそうに声を上げて、ルーカスは小さく息を飲んでいる。マゼラ大司教は膝をついて頭を垂れて祈りのポーズ。
私が死んですぐに女神様と出会った時も、目の前に姿を現してくれた。その時の事を思い出す。
パチパチと火が爆ぜる音を立てて、燃え上がる赤髪。それに豊満な美しい肢体は、色とりどりの毛皮に包まれている。そして、ついに女神様の両の瞳がハッキリと開眼していた。
黄金色の艶めく瞳は、ぼんやりと宙を見ている。何も見えていないのだろう、焦点がどこにも合っていない。失明しているんだわ。
「では、ウィルを呼び起こしましょう。本来ならば、神々の世界で呼び起こすものですが、言葉を交わしたい友が待ち望んでいますから、彼の友情に免じて、この場で呼び起こしましょう」
女神様はふわりと宙に浮いたまま、ウィルの隣にスーッとやって来た。私達は女神様とウィルから少し離れて、二人のことを固唾を飲んで見守る。
「ウィリアム・クロスフリー。お目覚めなさい。貴方に第二の生を与える時が来ました」
今完結部分に入りました。ここまで読み続けて下さった方に感謝の気持ちでいっぱいです。
もうすぐ明かされる女神の仕組み。ルカと世界の関わり方はどうなるーーーー。




