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第九十話・久しぶりの犬王国

 目の前に、ファルカスにある大神殿の景色が広がる。


 懐かしい……あの時は、大神殿に向かう途中でルゥと出会ったんだ。ルゥと一緒に浴場も借りたし、その後は神聖の間で女神様から魔法を使える力を授かった。


 過去のことを懐かしんでいると、突然現れた私に、大神殿に仕える犬人達がびっくりして集まってくる。


「もしや、ルカ様では……」

「ルカ様が戻られたのか」

「大変だ! マゼラ大司教をお呼びするんだ」


 あっという間に十数人の犬人に囲まれて、私は皆さんにとりあえず笑いかけた。


 本当は、置いてきたコノエのことを思うと笑う気になんてなれないけど……全て私の自業自得だもん。


 ウィルが死んだのだってそう。私がバルトーに行きたいって言ったから。私がマトヴェイの罠にかかったから。


「ルカ様!!」


 マゼラ大司教の大きな声で、私は我に帰った。


 ずんぐりした体を揺らしながら、マゼラ大司教がこちらに向かって走ってくる。


 変わらず元気そうでホッとする。


「ルカ様! お戻りになったのですね! もう王や宰相には会われましたか?」


 ハァハァと息を荒くしながらなんとか辿り着いたマゼラ大司教が、何故か王と宰相のことを気にしている。


「まだです、猫王国から直接ここに飛んできたので。それより、私の近衛騎士の亡骸はどこに?」


 正直私は、ガウディ王もイエーツ宰相もどうでも良くて、早くウィルに会いたかった。


 マゼラ大司教は私が有無を言わさない強い口調だったので、汗を拭きながら「こちらです」と案内してくれた。


「ルカ様、王や宰相が心配しておりますぞ。近衛騎士殿に会われた後に、王宮へ行かれるべきです」


 私はうーんと適当に相槌を打った。


 ルゥには会いたい。ヒルデとベーク、そして孤児院がどうなったのかも気になる。メイローズ団長にも話を聞きたい。


 その後、時間があれば、ガウディ王と宰相に会っても良いけれど……。


 これから私がやろうとしている事を根掘り葉掘り聞かれたり、嫌な顔をされるのは嫌だ。二人は反対するに決まっているから……。


 大司教の地下、浴場とは反対方向に、ウィルの亡骸は納められているみたい。マゼラ大司教に案内されて着いたのは、ひんやりとした石造りの地下室だ。


 ランタンの明かりでぼんやりと光る先に、石を削り出した祭壇があり、そこにウィルが横たわっていた。


 私は足早に駆け寄って、ウィルの髪に触れた。


「遅くなってごめんね……」


 ただ眠っているだけにしか見えない、ウィルの穏やかな顔。顔は生気がある柔らかな肌色だし、唇も血色が良い。


 私の魔法のおかげでそうなんだけど。このまま起きてくれたら良いのに。


「私は上に戻っておりますので、お声がけください」


 マゼラ大司教はそう言って下がってくれた。


 二人っきりだ。


「ウィル、待たせてごめんね。あと少しだけ待っててくれる? ルゥやみんなにお別れを言いたいの。ごめんね、すぐ生き返らせてあげなくて」


 いつもなら返ってくるウィルの軽口も、今はただ無言のままだ。涙が溢れて視界が滲んできた。


 ウィルをこんな目に遭わせてしまった事が何よりもつらい。私のために迷う事なく自らの命を投げ出してくれたウィル。今度は私が、ウィルのために自分を投げ出す番だ。


「ウィル……少しだけ待っててね。また来るね」


 私は涙を拭い、ウィルの髪を撫でてから、立ち上がった。早く準備してウィルを助けなきゃ。


 少し迷子になりながら地上に上がると、階段の横でマゼラ大司教が待っていてくれた。


「ルカ様、馬車を用意しましたので、どうか王宮に……」


 必死の嘆願なので、私は諦めてうなずいた。本当なら馬車も必要ないけれど、せっかく用意してくれたので使わせてもらおう。


「マゼラ大司教、近々、私は女神様と話します。その時にまた会いましょう」


 私がそう言うと、マゼラ大司教は嬉しそうに何度もうなずいた。本当に女神様大好きなんだよね。


 馬車に飛び乗って王宮を目指してもらう。なんだか不思議な感覚になって、ふと窓の外を見ると、そこにルゥの姿が見えた。


 メイローズ団長と二人で街を歩いていたのだ。


「馬車を止めて!」


 私は御者にそう叫び、馬車が止まるより早く扉を開けてそとに飛び出した。


 露店がいくつも並び、立ち止まって品物を選ぶ人、道に並べられたカフェテーブルでお茶を飲む人、全て犬人で、沢山の犬人で街は賑わっている。


 ルゥはメイローズ団長と何やら話しながら早足に進んでいる。メイローズ団長の尻尾が揺れていて、二人がとても仲が良いのが見て取れた。


「ルゥ!!!」


 私の必死な声が届いて、ルゥの大きな耳がぴくりと動き、足が止まった。ルゥより早く、メイローズ団長が私をサッと振り返る。


「ルカ様!」

「ルカ!!!」


 二人の声はほぼ同時で、でもルゥだけが、声と同時に走り出していた。


 すごい速さで街ゆく犬人をすり抜け、私のところにたどり着くと、勢いを緩めないまま私に抱きついてきた。


「ルゥ!! 会いたかった!!」


 私は後ろに倒れそうになりながら、なんとか踏みとどまって、ルゥをきつく抱きしめる。


 ルゥの陽だまりのような優しい香りと、柔らかい抱き心地で、心がいっぱいになる。


 ルゥは指先まで力を込めてぎゅうっと私に抱きついて離れない。


「会いたかったよー!!」


「私もだよ、ルゥ! 元気にしてた? ヒルデとベークはまだちゃんと動いてる?」


 ルゥの頭をなでなでしまくり、ルゥも嬉しそうに笑っている。お互いに満足するまで抱き合った後、やっと少し離れて、顔が見える距離になった。


 ルゥは少しお姉さんになった。背が伸びて手足もすらっとしてきてる。顔つきも少し大人っぽくなった。


「元気だよ! ルゥも、ヒルデも、ベークも!! 子供たちのお世話してる!」


 ルゥのお喋りもかなり上手になってる。嬉しさと懐かしさで涙が出そうになって、視界がぼやけてきた。


「ルカ様、お久しぶりです。ファルカスにお戻りだったのですね」


 頭上からメイローズ団長の声がして、顔を上げた。メイローズ団長がにっこり笑って私とルゥを見ている。


「はい、先ほど戻ったばかりなんです。これから王宮に行くところでした」


 私はしゃがみ込んでルゥと抱き合っているので、立っているメイローズ団長を見上げる形になる。


 それが失礼だと気付いたのか、メイローズ団長は片膝をついて姿勢を低くした。


「私たちも王宮に戻る途中でした」


「それなら、馬車の中で話しましょ!」


 私を見る通行人の視線が気になるし、だんだん野次馬が増えて気になっていたので、早速立ち上がってルゥを抱き上げると、早足で馬車に向かった。


「ルゥ! 本当に会いたかったよ、嬉しい。メイローズさんとお出かけしてたの?」


 三人で馬車に乗り込むと、座ってすぐ馬車はゆっくり動き出した。


 ルゥは私に抱っこされたままだ。向かいに座るメイローズ団長の目線が柔らかい。私がいない間にすっかり仲良しになったみたい。


「孤児院の帰りだよ。ルゥは孤児院にも、お城にもお部屋があるの」


「そうなんです、ルカ様。ルゥちゃんが好きなところで過ごせるように、孤児院にも、王宮にもお部屋を用意させていただきました。今日は私と王宮で泊まることになり、二人で歩いていたのです」


 ルゥとメイローズ団長がお互いを見つめる目も信頼に満ちている。二人の関係もすっかり良くなったんだわ。


 嬉しくて笑って話を聞きながら、これなら私が女神様との約束を果たしても大丈夫そう、と思うと、少し寂しい気持ちになった。

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