第九話・国境の町ビラタ、別れ
目の前に国境の町ビラタがある。
木柵で覆われた町の入り口に、猫種属の衛兵が立っていた。星のついた国旗のマークをつけた軽装の革鎧を着て、腰には細い剣をさしている。普通の村や町にはいないが、国境の町だから配置されているそう。
ビラタへ入っていく猫人の姿はそう多くない。入るぶんには特に調べられたりもしておらず、猫衛兵が横柄な視線を投げつけているだけだ。
ついに、二人とのお別れの時が来てしまった。
もうすぐ日が暮れるから、それまでに町に入らないといけないらしい。コノエは荷物の中から小さなカバンを取り出し、私の肩にそれをかける。
「これが猫王国の通貨だ。馬車は12カルかかる。15カル入っているから、軽食や飲み物を買うぶんはある。皮袋に水は満たしてある」
なんか、遠足に行く前の子供とお母さんみたい。カバンの中身を私に説明し終えると、コノエはすっと私から離れた。その距離が、もう行かなきゃいけないんだってことを私に知らしめる。
だけど、少し離れた場所でうろうろしていたヴァイスが、私にすり寄ってきて、がしっと腰に抱きついてきた。
「やっぱり心配だって! 俺と兄ちゃんがいれば敵なんかいないんだから、村へ帰ろうよ。俺やだよ、ルカと離れたくない」
ヴァイスの言葉に私はまた泣きそうになる。でも行かなきゃ。コノエを困らせたらいけない。私はさっと笑顔になって、ヴァイスの頭を撫でた。
「初めて会った時、出てけーって大騒ぎしてたのにね。ふふ、ありがとう。これ以上二人に迷惑をかけるわけにいかないし、私も犬王国を見てみたいんだ! だから、楽しみだし、行ってくるよ」
やだやだ、としがみつくヴァイス。コノエがヴァイスの首根っこを掴んで、さっと持ち上げた。兄にじっと見つめられた弟は、耳をぺたんと後ろに倒し、しょんぼりと体を丸める。
「コノエ、ありがとう。命を救ってくれて、たくさんお世話になりました。いつかこの恩返しができるように、この先何があっても私も頑張るからね」
コノエはぽいっと弟を放り投げ、弟は器用に体をひねって地面に着地する。私の方を向き直り、
「お前なら大丈夫だと信じてる。頑張りすぎるなよ」
そう言って、ふいと背を向けて、ヴァイスの方は歩き出す。猫には別れの言葉とかってないんだ。
私は少し迷ってから、人間流にすることにして、
「ありがとう!またね!また会おうね!」
と2人の背に向かって叫んだ。
それから気を取り直し、ビラタの入り口へ向かう。時々振り返ると、2人も振り返って目が合うことはあったけど、お互いに歩みを進めた。
あらかじめフードをかぶっておいたので、猫衛兵がじろじろと私を見る。けど声をかけてくる気配はない。
猫種属は石造りは好まないのか、木造の建物が並んでいる。夕暮れ時でどこも店を閉めようと準備しているところだ。店じまいしようとしていた露店に、燻製の魚が並んでいるのを見つけて、私は店員に声をかけた。
「いくらですか?」
「三つで1カルだよ」
店員は少しふくよかな猫人の女性で、サバディアでは見ることのなかった、頭や耳に装飾品をつけていた。どうも猫人の女性はおしゃれが好きらしい。目を見るのはとても失礼な行為のはずなので、額や耳のあたりを見たり、うつむいて視線を向けないようにしながら、魚を受け取った。葉っぱに包まれて渡されたので、そのままカバンに入れた。
それから進むと馬のいななきが聞こえてきたので、そちらへ向かう。あった、馬車だ!
四頭の馬が繋がれて、何人も乗れる荷台がついている。教科書とかテレビでしか見たことないけど、間違いない。
馬車の周りには御者が二人と、これから乗るのだろうか、二人の猫人がいた。二人とも旅人といった出立ちだ。他に、少し離れたところに、私と同じようにフードをかぶった三人組がいて、馬車を見ているようだった。
御者の方へ行き、声をかける。
「この馬車は、犬王国へ行くんですか?」
私が声をかけると御者はこちらを一瞥して、そうだ、とぶっきらぼうに言った。良かった! もし馬車を乗り逃したらビラタで一泊しなくてはならなくて大変だと思っていたから、ありがたい。それにしてもちょうど良いタイミングで馬車があって良かった。
と思ったら、他の客らしき二人組が、あと何人で出発なんだ? と御者に聞いている。
「あと五人程度集まらないと出ないよ。揃うまでは待っててもらう」
なるほど! ちょうどよく馬車がいたわけじゃなくて、人数が揃うまではいつもこうして待ってるのね。コノエは何も言ってなかったけど、彼のことだから知ってたんだと思う。
早く出たそうな二人組が、尻尾で地面を叩きながら、あそこにいる三人組は乗らないのか? と御者に聞き、知らん、知りたきゃ自分で聞いてこい、とぶっきらぼうすぎるやり取りをしている。
私は、あの、お金はいつお支払いすれば……と控えめに聞くと、無言で手が出て来たので、カバンの中から12枚のコインを出して渡した。
二人組が待ちきれなくて、離れたところにいる三人組に声をかけようとしたところに、なんと猫衛兵が二人、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
どうしよう。フードをかぶっているのは私だけじゃなく、乗るかどうか分からない三人組もかぶっている。だから怪しいと思われないのでは……。淡い期待を抱いて、なるべく目立たないよう馬車の荷台に寄りかかる。
私の前を猫衛兵が通ろうとした時、彼らの目と耳が一瞬ちらりとこちらを向いた。私はそっぽを向いたけど、こっちに向かって歩いてくる。
「おい、そこのお前」
話しかけられてしまった。「はい、何ですか?」なんとかことなきを得るために、穏やかに返す。
「どこから来た? 何のために国境を越えるつもりだ」
「サバディアから来ました。国境へは、兄が国境の街で商売を始めると言って出かけて行ったので、私も手伝いたくて追っかけて来たんです」
万が一、猫衛兵に捕まったら答えようと考えていた設定を話す。事前に考えておいたからすらすら出てきた。これなら怪しくないはず。でも、猫衛兵が私を見る目はますます険しくなっていく。
「臭いや動きが何か怪しい。フードを取って顔を見せろ」
わー、一番ダメな流れだわ。どうしよう。耳がない猫ですって言い張る? もう言い逃れできる状況じゃない感じ。せっかくここまで来たのに!
私はフードを両手で掴んだものの、なかなかその手を動かすことができない。フードを取ってしまったらそこで終わる。そう思うとできない。でもそんな姿でどんどん怪しまれていく。痺れを切らせた猫衛兵が、私のフードに向かって手を伸ばしてーー。
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今日は仕事で猫さんシャンプーしたのですが、金色の瞳に真っ黒な毛の美猫さんでした。抜け毛をいっぱい取ってすっきりして帰られました。




