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第八十六話・コノエとの夜

 大広間にコーセイと貴族達を残して、一人そっと自室に戻ると、部屋には三姉妹とハリーがいた。


 いつも各自好きなことをして過ごしている三姉妹が、珍しくソファに並んで腰掛けて、大人しくしている。


 じっとして私の方を見ているのだ。耳が左右にペタンとしていてちょっと悲しそう。


(ルカと過ごすのは本当に楽しかった。なのに家柄のせいで、バカな宰相と公爵のせいで、私達は王宮を出なきゃならない)


 三人の思っていることは、大筋でこんな感じだった。


 つまり、マトヴェイとファルザームに従うしかなかった三姉妹は、二人が断罪されすべてを失った今、自分たちも王宮を去らなければいけないと思っているみたい。


「アーリャ、ソーニャ、ターニャ。今までありがとう」


 私の言葉に三人は覚悟を決めたような表情を浮かべる。ハリーが私の声に引き寄せられるように、窓辺から私の肩に飛んできた。


「三人とも、何か勘違いしてるみたいだから言っておく。あなたたちは何も悪い事してないんだから、堂々としてなよ。いつもみたいに」


「えっ?」


 私の言葉に三人の表情が困惑と、ちょっと嬉しそうに見える。


「だって、私たちマトヴェイやファルザームにルカの情報を流したりしてたのよ……?」


「そうせざるを得ない状況だったからでしょ。だからって私を傷つけようとか、嫌いとか、そういうのじゃないことは分かってる」


 私は言葉を続けた。


「知ってると思うけど、私ね、いきなり拉致されて猫王国にやって来たの。不安だったよ。そんな中、あなたたち三人が楽しく世話してくれてどれほど元気が出たか。それにいつも髪型もメイクも可愛くしてくれて嬉しかった。お姉ちゃんができたみたいだったよ」


 私の言葉に、三人の目がウルウルし出す。特にアーリャは瞳が涙でキラキラしていて、瞬きしたらこぼれ落ちてしまいそうだ。


「だからみんな、これからも王宮から、この国を面白くオシャレにして行ってほしいの。私はもうすぐ犬王国に行かなきゃいけないからお別れなんだけどね」


「えっ!? ルカ、コーセイ様と結婚しないの!?」


 ターニャが驚きの声を上げる。そこは突っ込んで来るのね……ちょっと頭が痛くなるのを感じた。


「実は、婚約者って言うのも、貴族達の信頼を得るためのウソだったの。バレないようにしてたけど、最初から私はコーセイと結婚するつもりはなかったんだよ」


「えー!! あんなに幸せそうだったのに、コーセイ様。可哀想……」


 それなら私がお慰めしようかしら、ってソーニャが内心思ってる。やっぱり、ソーニャはコーセイが好きなのね。なんとなく感じてはいたけれど。


「そうそう、やっと王として自由に動けるようになったんだから、あなたたちがサポートしてあげないとダメよ。私からもコーセイには言っておくから、コーセイの身の回りの世話も、仕事のサポートもよろしくね」


「なんだかルカ、急に大人びたわね……」


 アーリャがまじまじと私の顔を見て言う。


 だって、ウィルを亡くし、女神様に言われたあのことを聞いたら、誰だって大人になるわ。


「はい! 話は終わり! 昨日は襲撃を受けて一睡もできなかったから、早く休みたいの。あと、自分のことは自分でするから、今日はもうお休み!」


 私はさっさと三人を部屋の外に押しやり、何か言いたそうなのを無視して「お休み、また明日」と言って扉を閉めた。


 部屋に帰って来たのは三姉妹に会うためではない。


「コノエ、いる?」


 肩のハリーが「いるヨ、窓開けテ」と先に喋ってきた。慌てて窓を開けると、銀色の影がふわりと部屋の中に舞い込んでくる。


「ルカ、会いたかった」


 コノエは左腕と左足に雑に裂いた布の包帯を巻いていて、少し血が滲んでいた。全身が薄汚れている上に、顔は土気色で疲労の色も濃い。


 私は胸がギュッと痛くなって、コノエに駆け寄ってきつく抱きしめた。


 下手をしたら、ウィルみたいにコノエのことも失っていたかもしれないんだ……私の甘えで、コノエを命の危険に晒してしまった。


 私がギュッとしがみつくと、コノエが「うっ」と苦しげな声を漏らした。


「ご、ごめんなさい! そうだ、ベッドに横になって休んでて。今、タオルを濡して持って行くから」


 私のベッドを指差すと、コノエはうなずいてベッドの方へ歩いて行ったので、私もボウルの中に入った水を使って濡れタオルを用意した。


 ベッドで横になったコノエは、かなり疲れているようで、無事な右腕で顔を隠してため息をついている。


 私はベッドサイドに膝をつき、コノエの顔をそっと濡れタオルで拭いた。


「ごめんね……危険な事をさせてしまって。本当にごめんなさい。私が自分でやらなきゃいけない事を、コノエにやらせてしまって。怪我までさせてしまって」


 ハリーにかけたみたいに完全防御の魔法をかけてあげられたら良かったのに。あの時は近くにいないと魔法が継続できなかったし、複数の魔法を使うのも難しかったので、できなかったのだ。


「気にするな。俺がやると言った事だ。そんな顔、するな」


 コノエは腕を退けて、綺麗なオッドアイで私を見つめている。


「包帯、とってもいい?」


 うなずいてくれたので、私は恐る恐る包帯を取り始めた。時折痛そうにしながら、コノエも協力して動いてくれる。傷口には薬草なのか、葉っぱみたいなものが貼ってあって、それもそっと剥がすと、痛々しい傷が剥き出しになった。


 腕は切り傷、足は刺し傷みたい。


 私は傷に手をかざし、綺麗に治って痛みも取れるように念じた。


「暖かい……」


 コノエが思わず声を漏らした。


 私の手からほんのり優しい光と熱が出て、あっという間に傷が塞がっていく。コノエの顔色もみるみるうちに良くなって行く。


 一瞬で、コノエの怪我は擦り傷に至るまですべて回復した。疲労も軽減できたと思う。


 コノエは上半身だけ起こして、大きな目を見開いて私を見つめている。


「驚いたな……こんな事もできるようになったのか?」


「うん……」


 コノエの言葉以上に、何でもできる。まさにその通りなので、肯定するしかなかったけれど、なぜか気が引けた。


「ありがとう、楽になった」


 コノエからお礼を言われるようなことは何もしてない。危険な事をさせて、怪我の原因を作ったのは私なのだから。だけどそんな私の気持ちが分かるのか、コノエは私をギュッと抱きしめて、


「ルカは何も悪くない」


 と囁いてくれた。


 抱きしめられると落ち着く。いつまででもこうしていたいと思う。思えばコノエとは短い間でも、こうやって密着して過ごすことが多かった。しかも、嫌だと思ったり、離れたいと思ったことは一度もない。


「ルカ、用事は済んだのだろう? それなのに、何故そんなに悲しそうなんだ?」


 コノエに聞かれて初めて分かった。


 自分が今にも泣きそうな顔をしていることに。


「あのね、コノエと一緒に居られなくなっちゃったの」


 言葉にするだけで胸が張り裂けそうだ。でも、脳裏に冷たくなったウィルの亡骸が浮かんできて、私はぎゅっと拳を握りしめた。


 コノエは驚くと思っていたのに、何故か彼からは穏やかな気持ちしか伝わってこない。不思議に思って彼の顔を覗き込むと、優しい顔をしてこちらを見ていた。


「ルカが行く先に、俺がついていけるのなら、俺はずっとそばにいる。だからそんな悲しそうな顔するな」


「私がこれから行くところは……コノエは私以外、全部失っちゃうかもしれないんだよ? ヴァイスにも会えなくなるかもしれない。普通の生活はできなくなるかも。これ以上、私の都合にコノエを巻き込まないよ」


 私は涙をこぼしながら首を左右に振った。それを止めようとなのか、コノエの腕にぐっと力が入り、私を強く抱き寄せる。


「分かってないな。ルカと出会ったあの日から、俺の世界の中心はルカなんだ。だから離れるつもりなんてさらさら無い。お前だけ居れば、それでいい」


 コノエの言葉に、胸が苦しくなり過ぎて、私は声を殺して泣いた。こんな風に一途に大切に思ってもらえて、大切にしてもらえたのは、生まれて初めてだったから。


「今夜はずっと一緒にいて……」


 こうして触れ合えるのも、普通の生活を送れるのもあと僅か。私はウィルのことはそっと胸の奥に仕舞い込んで、コノエの腕の中で安心して眠りに落ちた。

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