第八十四話・動乱のモンティグリース
私もコーセイも想像だにしていなかったことが、目の前で起きている。
猫王国の王都モンティグリースの前に、ざっと見積もっても百は下らない数の猫兵士が集結していた。
その兵士達はどうやら、私達一行をモンティグリースに入れないため、そして命を奪うために居るようだ。
馬車を降りたコーセイはサフィアの乗っていた白馬に跨り、その大柄で威厳のある美しい姿を兵士達に見せつけている。
「王の凱旋だというのに、何故お前達は道を開けないのか!」
コーセイの声は良く通った。私の目には、武器を手に整列している兵士達の感情が見て取れる。
(ファルザーム公爵、マトヴェイ宰相の命令に逆らえば一族みな酷い目に遭わされる)
殆どの兵士が恐怖で支配されているようだ。不安や恐怖を抱えている者もいれば、コーセイや私の首を取れば大出世だ! と能天気に考えている者もいた。
気付けば、他者の感情まで見えるようになってる……これも女神様から与えられ続けている力なんだわ。
私も馬車から降りて、徒歩でコーセイの馬のそばに行った。私が魔法を使えると知らされていないようで、兵士達は「女神の遣いを殺したら呪われるのではないか」とだけ考えているようだ。
「コーセイはこの兵士達をどうするつもりなの?」
私はコーセイの顔を見て聞いた。かなり険しい顔をしているし、兵士達への不快感や怒りを感じる。そりゃそうだよね、コーセイはただ一人の王様なのに、宰相や公爵の言いなりで自分を攻撃しようとしている兵士達に、腹が立たないわけがない。
「命を奪うつもりはないけど、ちょっと腹が立つよね。改心して欲しいよ」
私もうなずいた。壊れた神殿でキザリハについて話したことをこの猫人は覚えてくれている。それが嬉しかった。
私は少し悩んでから、どんな魔法を使うか決めた。
「この兵士達には、少しだけお腹が痛くなってもらいましょ」
コーセイは私の言うことが分かったらしく、ニヤッとした。良かった、コーセイの意に沿う形でまとまったわね。
今の私には、どんな魔法にするか、強さ、規模、全てがしっかりイメージできた。それにどんな大きな魔法を使っても頭痛や倦怠感に襲われる心配も無くなっていた。
ここにいる兵士だけでなく、ファルザームとマトヴェイを守っている兵士すべてに、腹痛になる魔法をかける。強さは、すぐにトイレに駆け込まないと耐えられない位つらい腹痛。きっとモンティグリース中のトイレが埋まってしまうね、この数は。
ついでに、ファルザームとマトヴェイが逃げられないよう、延々と足がこむら返りを起こす魔法をかけておく。二人は王宮の広間に居るのを感じる。あっ、ファルザームのやつ、他の貴族達の前で平然と王座に座ってる。
「うわぁ! なんだ急にお腹が痛くなって……」
「俺もだ!!」
「お、おれも……」
自分でかけておいてなんだけど、これって魔法っていうより……。
「バカな兵士達よ! お前達は今、女神の遣いによって呪いをかけられたのだ。仕えるべき主人に剣を向けた罰としてな!」
コーセイがめちゃくちゃ嬉しそうに、声高らかに叫んでいる。ああ、言われちゃった。そう、魔法っていうより呪いだよね、これじゃ。
猫兵士達は悲鳴を上げたり苦しそうに呻きながら、内股になったりお腹を抱えて王都の中のトイレ目指して走り出した。
数人が走り出すと、他の猫人もトイレをとられまいと競って走り出す。土埃を上げながら兵士の大群はトイレめがけて走り去って行った。
「ルカ、良くやってくれた。トイレの中でも後悔するくらい腹痛にしてやってくれるかい?」
とても清々しく満足げに、馬上のコーセイが私を褒めてくれた。
「うん、それくらいの腹痛にしておいたよ。あと、ファルザームとマトヴェイは王宮の広間に居るんだけど、逃げられないように魔法をかけてあるの。ふふ、会いに行きましょう」
目を閉じると、意味がわからんと叫びながらこむら返りに苦しむ二人の姿が見えた。なんと絨毯の上で寝転がって悶えている。うーんこれは良い気味ね。早くコーセイに見せてあげたいわ。
コーセイは私に手を伸ばし、一緒に馬に乗るよう促してきた。私はちらりと後方のルーカスを見て、
「サフィア、私の騎士達がバルトーに行けるように支度を手伝う者を付けて」
と頼んだ。サフィア自身はコーセイの影の如く付いてくるだろうから、他の者で、馬車と馬の手配をしっかりして欲しい。
「ルーカス、私も用事が済んだら犬王国に戻るから、それまでウィルのことをお願いね」
遠くにいるルーカスに声が届くよう魔法を使って言葉を届け、ルーカスが手を振るのを確認してから、コーセイの手を掴んだ。
「キザリハも付いて来れる? 怖くても守ってあげるよ」
馬車の影からこっそりこちらを伺っていたキザリハと目があったので、声をかけてあげた。かなり迷っていたが、私なら言葉通り守ってくれると思えたようで、おずおずと歩み出てきた。
私がサフィアの方を見つめると、サフィアはうなずいて、キザリハを抱え上げて自分の馬に乗せてくれた。さすがサフィア、嫌な顔一つせず私の意図を汲んでくれた。
ここだけの話だけど、ズーアス一のイケメンなハートを持ってるのはサフィアだと思う。凄まじく美人で家柄も良く、モデルみたいなスタイルで、剣の腕も超一流。余計なことは口にしないで任務をこなす。誰に対しても平等。
「ルカ、僕以外の男のこと考えてるでしょ?」
こういう時だけ鋭いコーセイ。だけど残念でした。
「私が考えてたのはサフィアのこと! サフィアは恋人や好きな人はいないの?」
「なんだ、サフィアかぁ……サフィアはね、女の子にはモテるんだけどね。自分より強い男に出会うのを夢見て生きてるんだよ」
「そうなんだ……コーセイは強くないの?」
「えっ、僕? 僕も一応剣技は身につけてるけど、毎日すごい練習量をこなしているサフィアには敵わないよ。あ、もしかして腕っ節が弱い男は嫌い?」
なんでそこで私の話にシフトしてしまうのかな。私はため息をついた。
「強くても弱くてもコーセイは王として優れているから問題無いと思うよ。私は猫王国には長く留まれないから、もうすぐお別れだよ」
馬上でコーセイと密着しながら他愛無い会話を楽しんで居たけれど、王都の中のお店や至る所のトイレに駆け込んでいる猫兵士達の姿が見えるし、苦しげな呻き声も風に乗って流れてくるし、異様な空気に包まれていた。
コーセイはニヤニヤ笑ってる。王宮の中に入ると、コーセイはひらりと馬から降りて、私の手を掴んでぐいっと降ろしてきた。
「わっ、危ない」
落ちそうになった私を抱き止めて、なんだか嬉しそうな顔をしてる。
「僕がどんなにお願いしてもダメなの? ルカはさ、本当は女神に何をさせられるの?」
ドキッとした。
おちゃらけコーセイは、こうやって時にすごく鋭いことを言う。これは、本当のことを言わないと納得してもらえないわ。
二人で王宮を早足に通ると、すれ違う猫人達は恭しく頭を下げてきた。良かった、クーデターみたいなのは未然に防げたみたい。こむら返りの呪いによってね。
「コーセイには本当のことを話すね。でも、今はこっちが先ーーさ、行きましょう」
私達は大広間の扉の前に立った。後ろにはサフィアと小さくなっているキザリハもいる。
「よし、断罪の時だ」




