第八十三話・さよならコーセイ
分かってはいたけれど、ウィルの亡骸を目の前にすると、心が張り裂けて世界が崩れ落ちてしまうような気がした。
「ルカ様が回復魔法をかけてくださったから、綺麗な体をしていますよ」
ルーカスがウィルの体についた血や汚れを拭いてくれていた。私は涙を堪えながらウィルの冷たい手を握っていたけれど、その横では小さくなったキザリハが、ごめんなさいと繰り返し唱えながら泣きじゃくっていた。
キザリハを見たルーカス、猫王国の騎士達、それに村人は、殺せ殺せと大騒ぎしたけれど、私が一蹴した。
キザリハの傭兵団の傭兵達は捕らえられ縛られていたけれど、別人のように変わり果てたキザリハの姿を見て、私のことを魔女だと騒いでいた。
魔女でも何でもいいけれど、私はちゃんとこの子の面倒は見ます! と内心でだけ言っておく。女神様に見せてもらったキザリハの生い立ちで分かったんだけど、なんとキザリハは私の一つ下、16歳だったのだ。だからこの子って呼んでも差し支えはないと思う。
変な口調に声、飾り立てすぎて滑稽な服装からは想像もつかなかった。
「ルーカス、お願いがあるの。ウィルを王都ファルカスへ運んで欲しいの。そこで女神様がウィルのことを助けて下さるから」
私は詳しくは話せないけれど、ウィルのことを女神様が助けてくれると言っていたから、遺体を大切に扱って欲しいと伝えた。
ルーカスの顔が驚きで満たされたあと、深い喜びで頬が紅潮し、瞳が潤むのが見て取れて、私も一緒に胸がいっぱいになった。
「ありがとう……私のせいでウィルをこんな目に遭わせてごめんね。絶対助けるから、それまで諦めないからね」
「ルカ様、ありがとうございます。少しだけ失礼致します」
ルーカスは涙が溢れそうな私をそっと抱き締め、髪を撫でてくれた。下心のない温かい気持ちがこもった抱擁で、私はホッとして目を閉じた。大粒の涙が零れ落ちて、私の服を濡らした。
「ルカ様、このまま俺と一緒にファルカスに戻らないのですか?」
「うん……ズーアスを平和にするためには、まだ猫王国でやることがあるから」
「まさか、本当にあの猫王と結婚なさるのですか?」
少し離れたところで、コーセイは村長と話し込んでいるようだった。ルーカスはそれをチラリと見て顔をしかめる。
「あなたが猫人と結婚したら我が王は悲嘆に暮れてしまいます……親友もですが。犬人皆が悲しむ事になるでしょう」
「大丈夫、ちゃんと断るから。私は誰とも結婚しないから安心して」
「それはそれでガウディ王が悲しむと思うのですが」
「ルーカス。短い間かもしれないけど、私と過ごして分かったよね? 私が結婚なんて想像できないでしょ」
ルーカスはうーんと首をかしげた後、ふっと笑って、
「言う通りです。ルカ様は誰かの隣にいるより、自分の足で走り回っている方がしっくり来ます」
そうでしょ、と私は笑いながら言った。
二人で笑っていると、ウィルに申し訳ない気がして、私は眠っているようなウィルの髪をそっと撫でた。オーストラリアン・シェパードらしい色とりどりの髪。ウィル……少しだけ待っててね。
「別れは済んだかい?」
コーセイがやってきて、ルーカスを冷たい目付きで見ている。ルーカスは体を引いて礼をし、猫王に敬意を示して見せた。失礼な態度を取ったら国際問題になっちゃうもんね。
「うん、終わったよ。コーセイも準備は終わった?」
「ああ。村長から神殿を破壊したのがファルザーム公爵の手下だって聞いてきたよ。証拠を残しても、僕に追及する程の力が無いと思っているらしい。王宮に帰るのが楽しみだ」
「私が居るから状況が変わったもんね。……もしかして、村の人達の口封じもするつもりだったのかな」
私達はキザリハを見た。私の手をぎゅっと握りしめてブルブル震えながらうなずいている。
「ま、マトヴェイ伯父さんが、みんなを殺せって。それが終われば僕を侯爵にしてやるって言ってきたんだ」
最悪の事態が防げて本当に良かった。村の子供を人質にしたのも、最初から殺すつもりだったんだ……マトヴェイのやり方には腹が立って仕方ない。私なりの方法で断罪しないといけないわ。
「キザリハはもう自分のしてきた事のぶん、痛い思いをしたから、これから一緒に償って生きて行こうね」
私が微笑んで話しかけると、キザリハは一生懸命うなずいて見せた。
「甘すぎないか……? いくらルカが残酷過ぎる仕打ちをしたからといって、こんな風にベタベタしたり優しい言葉をかけるなんて贅沢過ぎる。王として頑張ってる僕にだってそんな優しい言葉をかけてくれたことは無いのに」
なんだかコーセイがぶつぶつ言っててうるさい。ルーカスも困り顔で私たちの会話を聞いているので、早く解放してあげなきゃ。
「コーセイ、私の騎士に馬車を用意して欲しいの。亡くなった騎士もファルカスまで運びたいからお願い」
私はウィルの肉体が痛まないよう魔法をかけた。絶対傷付けられないように守りの魔法も一緒にかけた。ウィルが戻ってくる時まで守らなきゃいけない大切な体だからね。
「いいよ。モンティグリースまで行けば手配できるから」
「ありがとうございます」
コーセイはルーカスに割と友好的だ。そういえばアフガン・ハウンドとメインクーンって相性が良いらしく、一緒に飼ってる人が多いんだよね。狩猟犬であるアフガンが猫と一緒で大丈夫なのかなと思ったけど、普段はすごい穏やかな犬種だって聞いたことある。
「では、出発しよう」
モンティグリースまではルーカスには馬が貸し出され、ウィルの体は荷馬車に積む事になった。私の大事な近衛騎士だからと説明して、村から木の棺と綿布団をもらった。
私はコーセイとキザリハと馬車に乗り込む。
昨夜、襲撃され戦闘があって、そのまま朝を迎えたからコーセイも含め猫人騎士達の疲労の色が濃い。
後ろの方では、縄で手足を結ばれた傭兵達がぞろぞろと徒歩でついてきている。
「こいつは馬車の外を歩かせれば良いのでは?」
怒りを押し殺しながらコーセイが言ってきたので、私は「うーん」と顎に手を当てた。
「は、はいぃ。僕のような卑しい者が馬車に乗せていただくわけには行きませんので、降りて歩かせていただきます」
「キザリハ、そんな卑屈になる事ないんだよ。自分のことを卑しいなんて言わないで。馬車に乗ってるより歩く方が気が楽ならそうしても構わないけれど、乗っていたいならそのままでいいんだよ」
私の言葉に碧色の目を向けてうるうるしていたキザリハだけど、ちらりと見たコーセイがよっぽど怖い顔をしていたんだろう。
「すいません! 僕は外にいます」と叫んで扉からサッと出て行ってしまった。
「ふぅ、やっと邪魔者が居なくなった」
コーセイは息を吐いて、いきなり私の隣に座ったと思ったら、私の体を抱きしめて自分の方へもたれかけさせてきた。
「ルカが一番疲れてるはずだよ。少し目を閉じて休んだらどう?」
コーセイの気遣いは嬉しかったけど、本当のところ、私の体はあまり疲れを感じなくなっていた。
「コーセイ。王宮に着いたら頑張るね。あなたが王でいてくれることが、ズーアスの平和にとって一番良いみたいだから」
「ルカがそばに居てくれなきゃ嫌だ、って言ったら?」
「嘘ついても分かるよ……」
コーセイは自分が王でいることが何より重要で、その次に私が好きなだけだから。口にもしないし態度にも出さないけれど、コーセイは猫王国を、そしてズーアスを安定させようと必死に頑張っている。
私はすぐ近くのコーセイの顔をじっと見つめて、その美しい顔をそっと撫でた。
「あなたはこれからどんどん立派な王になる。世界を平和に導く素晴らしい王に」
コーセイという名は、メインクーンの中で伝説として語り継がれている猫の名前からいただきました。
いつか飼いたいと夢見ながら、違う猫を迎えてしまったので、叶わぬ夢を小説で……という事でコーセイはふわふわ甘えん坊ワガママおぼっちゃまですが可愛いキャラです。ルカには好かれていませんが!




