第八十二話・ルカの道、女神の目的
女神様の言葉を聞いて、今まで不思議だったことの数々の辻褄が合うのを感じた。
私が怪我をしても治る体になっているのも、空腹や喉の渇きを感じにくくなっているのも。思ったことがなんでも形になる万能の魔法の力を授かったのも。
穏やかに、楽しく生きてほしいーーそう言われたことも、その後、戦争を止め、神殿の破壊を止めるために走り回ってきたのも。その過程で出会った犬人、猫人、みんなと私の繋がり方もずっと見ていたんだなと思う。
私は覚悟を決めなければならないけれど、ウィルを失うくらいなら容易い決断だわ。
(……では、ルカ。貴方の決断を嬉しく思います。壊れた神殿を再建するよう、コーセイ王にしかと伝えてください。次に会う時、その時が終わりの時です)
女神様の瞳は半分ほど開いていたが、眩い輝きを放っていて、何処を見ているのか分からなかった。黄金の財宝が嵌め込まれたような美しい瞳は、何も映していないのかもしれない。
ふわっと風が吹いて、女神様の顔があっという間に掻き消えてしまった。残ったのは、荒廃した神殿と、眠るキザリハと、私。
「う……ううん」
キザリハが小さな声を上げて、目を覚ました。その顔は、私を殺せと言っていた男のものとは思えない、幼さを感じる弱々しい猫人だ。
「はっ! ご、ごめんなさい。もう何もしないから許して! 痛いのは嫌だよお」
キザリハの声が、あの耳障りな甲高い音ではなく、ただの柔らかい声に変わっていた。
私は小さくなって震えるキザリハの髪をそっと撫でて微笑みかける。
「怖い思いさせてごめんね。もうあんな事しないからね、これから傷つかない優しい世界に生きて行こう」
私はそう言ってキザリハを抱き締めた。幼少期のキザリハの孤独を見て、抱き締めてあげたいと思ったから。私の魔法のせいでズタズタになった彼の心を支えるのは、私の責任だと思う。
キザリハはまだ震えていたけれど、無理もないよね。私に幼少期のトラウマを思い出す上に、酷い恐怖と痛みに襲われる魔法をかけられたんだもの。
私はキザリハの手を握りながら立ち上がった。遠くから私を探して騎士達が向かって来ているのが、感覚的にすぐ分かった。
私もそっちへ向かって歩き出す。夜が明けて空が白んでいた。背中を丸めて不安そうなキザリハの手をぎゅっと握りしめて、付いてくるように促す。
「ルカ!!」
コーセイの叫びが遠くから聞こえた。遠くで小さく見えるコーセイが私に向かって手を振りながら走っている。その後ろでサフィアも付いてきている。
ただ、ルーカスの姿はない。きっとウィルのそばにいるんだ。まだウィルのことを考えると胸がひどく痛んだ。
「ルカ! なんでそいつと一緒にいるんだ!?」
近くまで来て、私とキザリハが手を繋いでいるのを見て、コーセイが驚きと怒りを込めて声を荒げた。その後ろでサフィアも剣を抜いている。
私は少し笑顔を浮かべて、武器を収めるように片手で示した。
「女神様に会えたの。この猫人はもう以前のキザリハとは別人みたいなものだから安心して。さぁ、村に戻ってやるべきことをやりましょう」
私が吹っ切れたような態度を取るから、コーセイとサフィアは訝しげに顔を見合わせている。
「女神と何を話したの? この猫人を許せって?」
「女神様に言われたのは、神殿を早急に修繕して欲しいって。キザリハのことは、私が決めたのよ。怒りに任せて恐ろしい魔法を使って彼を壊してしまうところだったこと、後悔してるの」
私の手を持ちながらぶるぶると震えているキザリハ。コーセイとサフィアの視線から逃れるように私の後ろに隠れてしがみついている。もともと私と同じか少し背が低いくらいだったのが、背中を丸めているから余計に小さくなっている。
コーセイは冷たい目でキザリハを見下ろしているし、サフィアも剣の柄に手をかけたままだ。
そりゃそうか。みんなを弓で射殺そうとしたし、小さな子供を人質にとって私のことを殺そうと太ももや背中を射ってきた。それに……ウィルを殺したのもキザリハだ。
「こいつはここで殺すべきだよ。こいつが奪った命の重さを考えれば当然でしょ」
コーセイの言葉にサフィアもうなずいている。
「……私も最初はそう思ったよ。死ぬより酷い目に遭わせてやろうと思って魔法をかけたの。でも、女神様に、このままじゃ壊れるって言われて初めて気付いたのよ。たくさんの命を奪ったり、子供や私を傷つけたり、コーセイのことも殺そうとした、だから、殺されて当然だ! って考え方は、いつか巡り巡って自分に返って来る」
私はコーセイには理解してほしくて、慎重に言葉を選びながら続けた。
「やられたらやり返す、やり返して当然、って思っていたら、ずっとその連鎖が続くの。私がキザリハを苦しめてこんな風にしたから、今度は私が苦しめられる番、って事になるんだよ。悪意の連鎖は、きちんと断ち切らなきゃいけないって気付いた。キザリハのことも、私が責任を持って面倒を見るから」
コーセイは私の話を聞いてしばらく思案していたけれど、最後には少し悲しそうに笑いながら長いため息をついた。
「ルカの言いたい事は分かった。君がそうしたいのなら、僕はその決断を尊重しよう。そいつには、僕達にした事やマトヴェイの悪事を洗いざらい吐いて、証人になってもらうよ」
コーセイはこのキザリハに利用価値を見出したみたい。今はそれでもいい、絶対殺すって言わずにすぐ切り替えてくれたから。
キザリハは可哀想なほど震えて私の背中にしがみついている。私は後ろを振り返ってキザリハの肩をぽんぽんと叩いた。
「大丈夫よ。あなたのことは傷つけないって言ってくれたでしょ。怖くないからね」
私が安心させようとかけた言葉も、聞きながら首を横に振っている。そうだよね、まだ恐怖心でいっぱいだよね。時間がかかっても少しずつ回復できれば良いかな。
コーセイは真っ直ぐ私を見てから、いきなり私のことを抱き締めて、キザリハのことは突き飛ばした。そうしないとキザリハと3人で抱き合う形になっちゃうからだとは分かるけど、ゴロンと転がって「きゃああ!」と女の子みたいな悲鳴を上げているキザリハが少し哀れに思えた。
コーセイは指の先まで力を込めて私を抱き締めていた。
「ルカ、無事で良かった……目の前で君が傷つけられているのに何もできなかった自分が憎らしくなった。生まれて初めて、自分のことが嫌いになりそうだったよ」
「コーセイのことは絶対守らなきゃって思ってたし、そもそも襲われたのは私のせいだもの。だからそんな気にしないで」
コーセイは猫王国の王としてこれからも成すべきことがたくさんある。女神様も彼のことを王として認めているような口ぶりだった。
でも、私は王妃にはなれない。女神様と約束したことがあるから。ウィルの命を救うために決めたことだ。
これ以上、婚約者のフリをしてコーセイを悩ませる必要はないだろう。私はコーセイの体を押し戻し、目をしっかりと見た。
「コーセイ王。やるべきことが山積みだけど、まず村に戻って怪我人を治療しましょ。村の人達が無事かどうかも確認しなきゃならないし。あなたの婚約者のフリは今日ここでお終い。王都に帰ったらマトヴェイとファルザームをやっつけて、あなたの地位を確たるものにするわ、女神の遣いである私がね」
「……自信が無さそうにしていたルカと別人のようだね。でも、婚約者を降りるなんて認めないよ。僕はルカと王国を繁栄させるって決めたんだ」
コーセイは私の腕を掴んでなかなか離れない。その目が一生懸命で、私はなんだか申し訳ない気持ちになった。
猫王国への帰路に着いたら、コーセイを説得しよう。私のことは諦めてもらって、王国の舵取りを頑張ってもらおう。そう思いながら、自然とため息が漏れた。
もうすぐ完結します! 読んでくださる方は私の宝物です。ありがとうございます!
キザリハはショックから子供返りしてルゥみたいになっちゃいました。
女神の目的、気付いてる方もいると思います。
ウィルもその時に復活します。完結まであと少し!よろしくお願いします!!




