第七十八話・出発
白い馬車に揺られて、私とコーセイは王都モンティグリースを出発した。
馬車の中にはコーセイと私だけ。サフィアは乗らないの? と聞いたら、外で馬に乗って護衛するのが仕事なんだって。同じ近衛騎士でも、ウィルはいつも一緒に乗り込んできていたから、てっきり一緒に乗るのが普通なのかと思ってた。
「ルカ、ほら見てごらん。モンティグリースの街並みだよ」
コーセイが窓にかかった青いカーテンを片手で上げて、私に窓の外を見せてくれる。
時刻は昼前で、夜型の猫人が多いためか街に猫人の姿はまばらだ。だからこそ余計によく見えた、美しいほど整った街並みが目の前に広がる。
石造りの街並みは、今まで見てきた猫人の町々よりずっと洗練されている。売店は赤や青の鮮やかな色合いの屋根に、ブリキの看板を下げている。街並みが整って見えるよう、建物の高さやデザインに統一感があった。
「すごく素敵な街並みだね……私ね、猫人は建築技術が無いのかなって勝手に思ってた。木造ばかり見てきたから。こんなに美しい街を作れるなんて」
街並みに感激してコーセイに感想を言うと、コーセイはふふふと笑っている。
「この街はね、犬人が作ったんだよ。大昔は女神も当たり前のように地上で暮らしていて、犬人も猫人も一緒に暮らしていたんだ。最初に造られたのがこのモンティグリースだって言われてる。両種属が手を取り合って女神のために作り上げた街なんだよ」
さすが王族、ズーアスの歴史も頭に入ってるのね。こういう話を聞かせてもらえるのはとても楽しい、わくわくする。突然女神様に連れてこられた異世界だけど、この世界にも歴史はしっかり存在してるんだってことを実感できる。
「みんなで暮らしていたのに、どうして別々に住むようになってしまったの?」
私の純粋な疑問に、コーセイはふっと笑って私の頭を撫でた。子供扱いされたみたいな気がしてちょっと悔しい。
「犬種属の中でも好戦的で狩りを好む者もいれば、猫種属の中には自分こそ至上の存在で他は従うべきという思想を持つ者もいる。女神がいたからと言って、その者達が大人しくまとまるわけではないからね」
「それで棲み分けをするかのように、二つの種属は離れて王国を作ったの?」
「そうだよ。でも例外もあってね、北には化物がたくさん出るから、両種属で北の砦を築いて協力して守ってるんだ。共通の敵がいれば、手を取り合って戦える良い例だよね」
化物と言えば、この世界に来てすぐ襲ってきた巨大な猪の化物が思い出される。ああいうのが沢山居るのね。それは協力して戦わなきゃいけないと思うわ。
「だんだん女神が地上に居る時間が減り、両種属間でも諍いが起こるようになってね。そして、女神がほとんど現れなくなってから混乱が極まり、遂には戦争へと発展したんだ」
コーセイの話を聞きながら目線を窓の外に移すと、街並みが終わって、ついに石積みの巨大な外壁を抜けるところだった。
私はそっと目を閉じて、心の中で言葉を紡いだ。
(ハリー、聞こえる? 私達はモンティグリースを出たわ。どうか、ウィルとルーカスの事をお願い)
ハリーを作った時に持たせた機能、遠く離れていても念じれば会話ができる、よくある念話という機能。初めて使ってみたけど、確かにハリーに届いているんだという確信が不思議とあった。少しして、わかっタ、とハリーの言葉が頭の奥に届いた。
ウィルとルーカスが救出されるまでは一切魔法が使えない。だから私が考えた作戦としては、モンティグリースを出てからはゆっくり寄り道しながら神殿に向かう。二人が救出されるまで時間稼ぎをして、マトヴェイの刺客が待ち構えている所まで行かないようにする。
そして王宮を離れた今、コーセイにこの事を話しても大丈夫だろう。馬車には私たち二人だけで、念のために音漏れ防止の魔法を使っても誰にも分からない自信がある。それに、コーセイがウィルとルーカスの捕らえられている地下牢を探せとか、マトヴェイを尋問するとか言い出しても、王宮を出た以上、そういう指示を出す事ができなくなったから。
私が一人物思いにふけりながらコロコロ表情を変えているのを見て、コーセイはにこりと笑っていた。優しくて穏やかな笑顔だ。一緒にいればいるほど、コーセイは穏やかになって行く。初めて会った時の狡猾さがどんどん無くなっていく。
「ルカは僕に話したい事があるみたいだね」
私はうん、とうなずいた。
「この先のどこで、マトヴェイの放った刺客が待ち受けてると思う。場所や人数、目的は何も分からない。私達を王宮の外に出す必要がある目的って、何だと思う?」
やっと話してくれたね、とコーセイは微笑んだ。その微笑みが本当に優しいものだったので、私は思わずドキッとしてしまう。計算して作った笑顔じゃないと、こんなに素敵な顔になるのね。
「王宮内で何か事を起こそうとしている訳ではないと思う。ルカが僕の婚約者になった今、クーデターを起こそうにも僕への関心が高まり周囲の理解と協力が得られないだろうから。その辺は僕もしっかり備えておいたよ」
さすがコーセイ。昨日急遽決めた神殿行きなのに、そこまで考えて対策を講じて来たなんて。
「それから、マトヴェイやファルザームには後が無いんだよ。僕らが神殿に赴き、破壊された神殿を目の当たりにしたら、ね。神殿のそばに小さな村があってね、そこで聴き込みを行えばマトヴェイやファルザームに繋がる証拠を得られると思う。これは、ルカの魔法があれば、の話だけど」
「マトヴェイ達が自分たちに繋がる証拠を残すとは思えないわ……でも、私の魔法を使えば確かに証拠を掴めるかも知れない」
そういう魔法があるわけでは無いけれど、私が必要だと思う魔法は必ず形になって力になってくれた。だから壊れた神殿や、村の人達の話を聞けば何かしらの方法を思いつきそうな気がする。
「でもね、ルカ。後がない二人は必死になって僕らの口封じをしてくるだろうね。目撃者も無く、助けも無く、大勢が待ち伏せできる場所。そこで僕らを殺そうとして来るだろう」
コーセイは馬車の中に備え付けられた書類入れから地図を取り出して、私に見えるように開いて見せた。
彼はこの旅行の話が出た時から分かっていたんだ。地図は王宮から神殿までを記しており、今回の旅のためだけに作られたものだった。
そして、想定される襲撃場所のポイントも複数箇所、記載されている。
「分かっているのに、こうして出掛けてくれたんだね」
胸が痛い。コーセイに迷惑をかけてしまったし、この先には命の危険が待っている。それを分かった上で、怒ったり私を問いただすでもなく協力してくれたんだ。
コーセイは笑顔で身を乗り出してきて、片手で私の頬を包み込んだ。ほんのりと暖かい手だった。
彼の金色の瞳はどこまでも穏やかで、私の目を真っ直ぐに見つめながらゆっくりと瞬きしている。
「僕がどれ程ルカのことを好きになってるか、これで分かってくれた? 君のことを心から信頼しているし、抱えている問題も一緒に乗り越えたいんだ。こんな風に誰かを好きになったのは生まれて初めてだから」
そう言ってコーセイは私のことを強く抱き締めた。揺れる馬車の中、彼の大きな体に抱き締められて、私はすごく複雑な気持ちになっていた。
「それで、話してくれる? どうしてマトヴェイの言いなりにならなきゃいけなかったのか」
耳元でコーセイに囁かれ、私はぐっと目を閉じて強くうなずいた。
「……私の大切な騎士二人が、マトヴェイに捕らえられてるの。もし少しでも探すそぶりがあれば殺すって言われてる。それだけじゃない、この旅行中、魔法を使うな、とまで言われてるの」
抱き合ったまま、私はついに抱え込んでいた事を話した。コーセイの表情は見えないから、この話を聞いて彼がどう思うかは分からない。
ただ、コーセイが私を抱く腕の力がいっそう強まり、私は苦しくて息を吐いた。
「なるほどね。その二人を救出しないとルカはマトヴェイの言いなりになるしかないわけだ」
「でも、今頃、救出作戦が始まってると思う。そのためにハリーを残してきたのよ。二人が無事に救出されれば、私もなんの気兼ねも無くマトヴェイの奴を魔法で吹っ飛ばせるわ。もちろん、この旅で何が起きても、魔法さえ使えれば何も心配いらないと思うの」
「凄いな、ルカは。僕に秘密で救出作戦まで。でも、魔法が使えない間はどうするつもりなの?」
私はコーセイを安心させたくて、私を抱きしめる彼の腕に自分の手を重ねた。
「私の体ね、どんな怪我をしてもすぐ治るの。女神様がそういう体にしてくれたんだと思う。だから、魔法が使えないまま、もし襲われても、私がコーセイを守るよ。何があっても。それだけは絶対やるって決めてきたから」
例え剣で切られようと、弓で射られようと、その他諸々どんな攻撃があっても、文字通りこの身を挺してコーセイを守る。それが、コーセイを巻き込んでしまった私の取るべき責任だと思うから。
コーセイはゆっくりと私を抱き締める手を離し、私の顔を見て苦笑した。
「頼もしいけど、僕の方が男なのに守られるなんて、なんだか情けないなあ。ルカ、大丈夫だよ、僕もしっかり備えて来たからね」
コーセイは私の頭をくしゃくしゃと撫で回した。こういう時だけ私のことを子供扱いしてるけど、コーセイの方が二つも年下なのに。
「とりあえず、寄り道しながらのんびり行こう。神殿のそばの村に着くのが夜くらいなら良いかな? 村の中なら襲撃される事はないだろうしね。僕達の婚前旅行なんだから、楽しまなくちゃ損だよ!」
コーセイはいつもの明るい調子で言ってくれたので、私も笑顔になってうなずいた。そのペースならきっと大丈夫だわ、ウィルもルーカスも無事に救出されているはず。
私はこの先に、予想を大きく裏切る罠が待ち受けている事に気付いていなかった。
今回は長くなってしまいました。完結まであと少し、がんばります。ブックマークありがとうございます。読んでくださる方がいてくれるから書き続ける事ができています。




