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第七十六話・コノエの決意と二人

 飲まず食わず、怪我もそのままで、ウィルとルーカスの体は弱りきっていた。ウィルに至っては、枷を抜けようと暴れた手足が傷つき、かなりの血が出ていた。


 鉄格子の向こうには猫衛兵が二人、呑気にテーブルでカードをやっている。その時、衛兵の一人が耳を動かして訝しげに出口を見た。


「なんだ、なんの音だ?」


 羽ばたきの音がして、一匹の大きな鳥が真っ直ぐ飛んできた。出口の方から、ウィルたちのいる奥の牢に向かって素早く飛んで来る。


 ルーカスは薄れた意識の中、なんとか鳥の姿を見た。


「あれは……ルカ様の魔法では?」


 確認するように隣のウィルを見るも、ウィルはがっくりと項垂れて動かない。


「こんなところに鳥が!?」


「捕まえて食べようぜ!!」


 猫衛兵達がカードを投げ出し、瞳を輝かせて鳥を捕まえようと身構える。


 灰色の大きな鳥はウィル達の入れられた檻の鉄格子に止まり、チラリと二人を見た後、羽を大きく広げて出口の方へ飛び立って行った。


「追いかけろ!」


 猫衛兵達は二人とも、瞳孔を大きく開き、爪を出して鳥の後を追って行った。


(もしや、ルカ様が……)

 

 ルーカスは心臓の鼓動が早まり、力が漲ってくるのを感じた。希望を持つとこんなにも力が出るのかと、驚きを隠せない。


「ウィル! 起きろ!」


 隣で項垂れているウィルに声を掛けるが、ぐったりとしたまま動かない。頭を強打されてからウィルの意識は混濁しやすく、眠りも深くなっていて、それもまたルーカスに大きな不安を抱かせていた。


 ふと、鉄格子の鍵が鳴る音がして、そちら見ると黒装束のコノエが鍵を使って扉を開けたところだった。


「コノエ……来てくれたのか」


 コノエは無言でルーカスの手足についた枷を、手に持っている鍵で開けていく。四つとも外れた瞬間、ルーカスは力なく床に倒れ込んだ。


「かなり痛めつけられているな」


 ウィルの枷を外しながら、コノエはルーカスをちらりと見やる。金色と水色のオッドアイがランタンの光を受けて宝石のように輝いていた。


 ルーカスはなんとか呼吸を整えて、立ち上がってウィルのそばに立った。意識の無いウィルは、誰かが支えてやらねば枷を外せない。


 ルーカスが支えて居るうちに、コノエは素早く枷を外し切った。


「急げ。追っ手が来る」


 落ち着いて見えるコノエだが、かなり急いでいるようだ。ウィルは呻き声を漏らしたものの、意識はまだ戻ってこない。


 今が人生で一番頑張るべき時だーールーカスは自分にそう言い聞かせて、ウィルを担いだ。自分自身もボロボロだが、コノエが先導しつつ敵に対処してくれるだろうから、ウィルを担ぐのば自分しかいない。


 地下牢の出口である階段を抜けると、保管庫のような場所に出た。一本道で他にルートは無い。


「誰だ!」


 保管庫で猫衛兵と遭遇すると、コノエが恐ろしい速さで相手を気絶させていく。その身のこなし、的確な攻撃は、ルーカス以上の使い手なのではないかと思われた。


「これを持っておけ」


 保管庫を抜けるのに五人もの猫衛兵を気絶させながら、コノエは通りすがりに二本の剣を掴んでルーカスに投げ渡した。


 ガチャリ、と剣を受け取った時に、重たかったウィルの体が急に軽くなるのを感じた。


「うぅ……どうしたんだ……逃げられたのか……?」


「ウィル! 良かった! 動けるか? 肩は貸すが、なるべく急いでくれ」


 ウィルの四肢に力が戻り、まだフラフラとはしつつも自力で歩いてくれるようになった。ルーカスはそんなウィルを引きずるようにして走って行く。


 コノエも二人がついて来ているかを気にしながら、退路を切り開いてゆく。


 保管庫から階段を上ると王宮の外れに出る。王宮まで出れば、外へ出れる可能性も上がる。


「北の王宮の森の中に馬を繋いである。お前達は先に行け」


 コノエが辺りを警戒しながらそう言ってきた。ウィルとルーカスの耳にも、遠くから多くの足音が近付いてくるのが分かる。猫衛兵の臭いがどんどん濃くなって行く。


「一緒に逃げないのか?」


「お前達が逃げ切れるまでの時間稼ぎが必要だからな」


「助けないと言っていたのに……」


「お前達を助けてと泣かれたからな」


 コノエが自虐的に笑うのがチラッと見えた。ルーカスとウィルを逃すのはかなりのリスクがあり、無事に戻れる保証は無いのだろう。


 ふと、王宮の渡り廊下の向こうから、放たれた弓矢のように一直線に飛んでくるものが見えた。


 それは先程の灰色の鳥で、羽を広げてコノエの腕に止まる。


「こいつが居るから、少しはマシな戦いになりそうだ。さぁ、早く行け!」


 コノエに急かされ、ウィルの肩を担ぎながらルーカスは急ぎ足で森へ向かった。


「いつか必ず礼はする!」


 ルーカスの言葉が届いたのか、コノエはほんのわずかに唇の端を上げて笑った。


「うぅ……ルカ様は無事なのか?」


 ウィルが声を絞り出しながら聞いてきた。無理やり引きずって走っているが、振動が来るたび痛みからか顔をしかめている。


「あぁ、ご無事だ。俺達のせいで危険に晒すわけには行かないから、今はとにかく逃げる事を最優先に考えて動こう」


 王宮の森らしき、森の中に入る。獣道もろくにない森の中で、ルーカスは必死に耳を覚まし、臭いを感じ取ろうとした。


 かすかな馬の臭い、そしていななき。それを感じ取ることが出来、内心ほっとして息を吐いた。もしコノエが味方ではなく敵で、これが罠だったらーーそう考える部分もあったが、馬が居るのであれば、コノエは味方なのだろう。


「もうすぐだ、ウィル。頑張れ」


 意識が戻っても一向に走れないウィルを励ましながら、ルーカスは森を進んだ。


「居た!! あそこだ」


 栗毛の馬が見え、ルーカスは必死に足を早めた。馬の手綱は木の幹に繋がれており、鞍もついている。


 馬は二頭しかおらず、コノエは最初から別行動するつもりだった事を悟った。


「よし、行くぞ! まずは王都を出なくては」


 なんとかウィルを馬に乗せ、ルーカスもひらりと馬にまたがった。もう体はボロボロのはずなのに不思議と動けている。


 ウィルの方が心配だったが、フラフラしながらもなんとか手綱を持って乗れているようだ。


 ルーカスは馬を走らせた。ウィルも付いてきているのを確認しながらも、追っ手が来ないようにとにかく馬に無理をさせて走らせた。


「まずは追っ手が来ないところまで逃げるぞ」


「ルカ様……おそばに」


 朦朧としながら呟いたウィルの言葉は、馬の走る音でかき消されルーカスの耳には届かなかった。

遅くなりました。急いでいるシーンだ!と思うと話も忙しくなりますね?

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