第七十四話・コノエの決意
私はコーセイからの夕食の誘いを断り、侍女も部屋から追い出して、一人になってベッドの上でうずくまっていた。
ハリーは窓際に留まってウトウトしている。ぬいぐるみだから寝る必要はないのかもしれないけれど、やる事がないから休んでいるのだろう。
ウィルとルーカスのことが心配で、食欲が無い。もしも、二人が怪我をしていたら……マトヴェイのことだ、食事や水を与えていない可能性だって高い。私は怪我をしてもどんどん治るし、喉の渇きも、空腹も、そこまで強く感じないようになっているみたいだからキツくなかったけれど。こういう体になる前は、怪我をすれば、それがどんなに小さな怪我だって痛かったし、喉が渇いたのに何も飲めないなんて耐えがたいし、食事を与えられないのだって、時間が経つほどにつらくなるだろう。
コーセイに話してしまったら、多分コーセイは二人を探そうとする。それがバレたら即座に二人は殺されてしまう……それか、殺すより酷い目に遭わされて、私が死ぬまでずっと利用されて、私が死んだ後は用無しって殺されてしまうんじゃないだろうか。
でも、探さないにしても、本当はこの状況をコーセイに知っていて欲しい。マトヴェイの要求、私とコーセイで神殿を回れ、っていうのは、きっとそこで私とコーセイの命を狙うからじゃないかと思う。それと同時にこの王宮や王都も我がものにして、もしコーセイが戻れても居場所を無くすつもりかも。
正直、私みたいな小娘に、政治や権力、策略の話は分からない……だからって言いなりになるわけにはいかない、絶対に。
ハリーに探らせようか? それとも、魔法を使って二人の居場所を探す? でももし失敗したら二人の命が危ない。少しでも勘付かれたら、何をされるか分からない。
部屋の明かりを消して、ハリーのところに行って、目を閉じているハリーを撫でる。本当にヨウムではないから、リアルぬいぐるみの柔らかい感触がする。
月明かりが綺麗だ……この世界には科学や機械が無いから、自然が多くて星空もよく見える。窓の外を見ていると、いきなり影が落ちてきた。
びっくりしてハリーをぎゅっと抱きしめると、「ぎゃあ!」とハリーもびっくりして飛び起きた。
窓の外に、見覚えのある銀色の髪、金色と水色の左右で違う色をした瞳を持った猫人が居た。
コンコン、と窓をノックする仕草をしたので、慌てて窓の鍵を外し。窓を全開にした。
「コノエ……」
また来てくれたんだ。キザリハに捕まった時以来だ。あの時は別れがすごく辛くて、胸が締め付けられるような気持ちになった。今は、こうして再会できて、心臓の鼓動がすごく激しい。
「ルカ、大丈夫か?」
ふわりと音もなく窓から部屋の中へ入ってきたコノエは、心配そうに私の頬に手を当てた。その手はひんやりしていたけど、とても心地が良くて、私は頬をその手に寄せた。
「あのね、今すごく困ったことになってて……」
私が話すべきか悩みながら言うと、コノエは両手で私の顔を包み込んで、優しい目つきで私を見つめてきた。
「知っている。お前の犬人の騎士二人のことだろう?」
「!! 何でコノエがそのことを知ってるの?」
「ルカのことを守るため、敵を探っていて見つけた。二人は無事だ」
安堵して、膝から崩れ落ちそうになった私を、コノエが抱きしめるようにして支えてくれた。そのまま抱き上げて、ベッドに運んでくれる。緊張の糸が解けた私は、ただ安心してコノエに身を任せることにした。
コノエは優しくベッドに寝かせてくれて、自分も隣で横になる。優しい微笑みをたたえて、じっと私の顔を見ている。
「ありがとう、二人に何かあったらどうしようって、すごく不安だったの……」
思わず涙が溢れてきて、ぽろりと頬を伝って落ちていった。コノエが端正な顔を近付けて来て、何をするのかと思ったら、私の涙を舐めて拭ってくれた。心臓の鼓動が激しくなりすぎて、コノエに聴こえてしまわないだろうか。
「ルカが、王と婚約したって聞いたんだけど」
コノエが声を低くして聞いて来た。そんな情報まで知ってるなんて、コノエは本当に凄い。
「あ、婚約はしたけれど、フリなの。王妃になるフリをして、コーセイの地位を確固たるものにしようとしてるの。コーセイは戦争反対で、女神様のことも信じるって言ってくれたから、味方することにしたんだ。コーセイが王として揺るぎない状態になったら、フリはやめるよ」
「そうか、良かった」
私の言葉に被せるように、コノエは安堵の言葉を漏らした。良かった、って、私のこと心配してくれたのかな。私が笑うと、コノエも笑って、そのまま抱き締めて来た。今度こそ、私の激しい心臓の鼓動が彼に聞こえてしまう。もう諦めるしかない。
ぎゅっと抱き締めてくるコノエの、指先までしっかりと私を抱き締めている感触が、すごく恥ずかしいと同時に心地よかった。
「ルカ。全て終わったら、俺と一緒に暮らそう」
耳許でコノエの優しい声がした。とても甘くて、切なくて、私はまた涙が溢れるのを感じた。
「ありがとう。でもその前に、二人を助けなきゃ」
私は身をよじってコノエから離れた。少し名残惜しそうにしながらも、私の意思を尊重してコノエが離れてくれた。
「ねぇ、二人はどこにいるの? 助けに行かなきゃ」
泣き笑いの表情になりながらコノエに聞いた。コノエとの時間はすごく幸せだし心地良いけれど、今はウィルとルーカスのことが心配で、心が張り裂けそうだ。
コノエは息を吐き、何かを決意したように掌を握り締めた。
「あの犬人二人のことは、俺に任せておけ。ルカと王が出掛ければ、警戒も薄くなる。その間に俺が逃す」
「ありがとう、本当に……」
コノエにとって二人は赤の他人で、助ける必要なんてないはず。もしこのことをコーセイに相談したら、正にそういう反応をされたと思う。なのに、コノエは私の気持ちを優先してくれた。
「もう泣くな。大丈夫だから」
安堵で泣いていた私の涙を、今度は手でそっと拭い、コノエは優しく笑いかけてくれた。
「そうだ、コノエの役に立つと思うから、ハリーを預けるね」
私は部屋の真ん中で事の成り行きを見守っていたハリーを指差した。
「はりーだヨ」
一丁前に返事してくれる。コノエは不思議そうに見つめていた。
「ハリーは離れていても私と会話できるの。それに誰も傷つける事ができない魔法もかけてあるし、すごく勇敢なんだよ」
「そうか。鳥を見ると無性に捕まえたくなるんだが、耐えながら預かろう」
あっ、そうか。猫の狩猟本能を刺激されちゃうんだわ。マトヴェイの部屋にいた兵士もそんな感じでハリーを追いかけて行ったし。
「そうだよね、ごめん。迷惑なら無理に連れて行かなくても良いんだけど」
「ルカがせっかく預けてくれるんだ、何かあればこの鳥を通して連絡する」
「はりーに任せテ!」
ハリーはコノエを気に入ったらしく、コノエの腕に留まってご機嫌だ。コノエはじぃっと見つめた後、ふっと笑って私を見た。
「早く終わらせて、一緒にいたい」
コノエの笑顔と台詞に、心臓が破裂しそうなほどドキドキする。こんな甘い台詞を言ってくれるようなタイプだったっけ……。
私は赤面した顔を見られたくなくて、俯いてうなずいた。
難しいと一度は断った、ウィルとルーカスの救出。ルカのためになんとかやり遂げる覚悟を決めたようです。
なんとか更新できました。




