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第七十二話・マトヴェイとの話

 私はハリーを肩に乗せて、マトヴェイの部屋の前まで来た。

 前にキザリハに拉致されて連れてこられた部屋とは別の部屋だ。あの部屋は私がキザリハを吹っ飛ばして壁をダメにしたから、修繕中らしい。案内してくれたソーニャがこっそり教えてくれた。


 もう窓の外は暗く、晩ご飯を食べ終えるくらいの時間帯だと思う。私は婚約発表が終わってから軽食を食べたから、まだお腹は空いてないけど……そして猫人は夜行性寄りらしいので、この時間に訪ねてもそこまで非常識ではないらしい。


 部屋の扉の横には猫兵士が立っている。制服がサフィアの近衛騎士のものと違って、少し粗末に見えるから、兵士なんだと勝手に思ってる。それでも仕立ての良い制服に、上品な胸当てや手甲、長靴、それに細身の剣は、王宮で働いているからなんだろうな。


 兵士は私を見てからハリーを見て、何故だか瞳を輝かせて尻尾を振っている。


「ニンゲン……様、その肩にいるのはもしや……」


 おずおずと話しかけてきた。ちょっとぞんざいな態度をなんとか正そうとしてるけど、どうせマトヴェイのせいだよね。私のことを敬う必要なんかない! って言ってそう。


 兵士は瞳をキラキラさせてハリーを見ている。そこで私はふと気付いた。猫だもんね、そりゃ鳥がいたらワクワクするよね。


「ハリー、ちょっと遊んであげたら?」


「いいヨ」


 ハリーは翼を大きく広げ、兵士に向かって挑戦的な視線を投げつける。兵士は瞳孔を開いて、もう飛びつこうとする寸前の構えだ。


「どうぞ! 捕まえられるものならやってみて」


 ハリーを放つと、兵士はハリーしかもう目に入らない様子で追いかけて行った。ハリーは王宮の庭の方に飛んでいき、兵士も猫らしい軽やかな動きで追いかけて行く。ぬいぐるみだったハリーは鳥目じゃないから、暗くても全然へっちゃらなのだ。


 誰も守っていない扉を見て私は満足し、わざと大きな音を立ててノックした。


「だ、誰だ!!」


 中からマトヴェイの声がする。私はわざと大きな音を立てて部屋に入った。


 豪奢な作りの机にマトヴェイが向かっていた。私を見て毛を逆立てて立ち上がる。


「いきなり部屋に来るとはなんと無礼な! ええい、衛兵はおらぬのか!」


「部屋の前に立ってた兵士なら、今頃庭で遊んでますよ」


「なんだと! 貴様、またおかしげな魔法を使ったのか!!」


 すごく毛を逆立てて、尻尾を膨らませてマトヴェイが壁側に逃げている。そんなことしなくても、私から危害を加えることなんてしないのに……よっぽど魔法が怖いらしい。そりゃそうか、目の前でキザリハが吹っ飛んで大怪我したんだもんね。それでも私に喧嘩を売ろうとしてるんだから、ある意味根性があるのかも。


「宰相に聞きたいことがあって来ました。さっき、広間で私に薄情って言いましたよね。あれはどういう意味ですか?」


 私が聞いた途端、急にマトヴェイはニヤッと笑い、怯えや不安が無くなった。むしろ余裕すら匂わせて、また椅子に腰掛けて踏ん反り返っている。


「貴様だけで来たのか、ニンゲンよ?」


「そうですけど?」


「それならば話してやろう」


 嬉しくて仕方がないといったような態度で、マトヴェイはニヤニヤと私を見て来る。意味が分からなくて私は眉をひそめた。


「貴様は上手く王に取り入ったようだが、儂は知っておるぞ。バルトーまで連れていた犬の従者どもを捨てて、王に気に入られようとしたのだろう。我身可愛さに供を捨てる、薄情で浅ましいニンゲンめ」


 何ですって? コーセイの方が一方的に私を気に入って来たのに、なんて失礼な。

 それより、こいつが言っているのはウィルとルーカスのことだと思うけど、何でこいつが二人のことを知ってるんだ?


「何を言ってるんですか? 私のことを拉致してここに連れて来たくせに。二人は今頃バルトーに……」


 まさか、居ない? 私の不安や焦りの色を見て、マトヴェイのいやらしい笑顔が一層深くなっている。

 拉致された私を追って猫王国に来ているとしたら? そして、こいつの余裕は、もしかしてーー。


「そうじゃ、貴様の供の薄汚い犬二匹は、儂の手中にある」


 その言葉を耳にした瞬間、私の脳裏で、こいつが私に何をしようとしたのかが鮮明に思い出された。ダチュラとかいう致死性の毒を飲ませようとしてきたのだ。死んでも一興、とか言って。人の命をそんな風に軽んじるようなやつに、ウィルとルーカスが捕まっている……。


「その場から、一歩も動かないで。二人をどこへやったの? 白状するまで絞め上げるわよ」


 私は片手をマトヴェイに向けて、そこから魔法を放った。目には見えないロープでマトヴェイを縛り、どんどんきつくして行く。


「ぐぅ! 愚か者め! 儂に何かあれば犬共の命は無いぞ!」


 その言葉を聞いて、ロープを絞めるのを止める。私は不安で自分の血の気が引いているのが分かった。マトヴェイを絞めるように差し出している手は震えている。


「……二人を返して」


「そうして欲しくば、儂の言う通りにするが良い。さぁ、儂を自由にするのだ」


 私は渋々、魔法を解いた。自由になったマトヴェイは、大袈裟なほど痛そうに自分をさすっている。そんな痛いほど絞めてないのに。


「ふん、あの薄汚い犬共の命が大事か。それならば、儂の言う通りにすれば、返してやらんこともないぞ」


 絶対嘘だ。そう思ったけれど、今は従うフリをするしかない。


「私は何をすればいいの?」


「各地の神殿を視察するという名目で、王と貴様で出かけるのだ」


 その案は、確かコーセイがマトヴェイとファルザームを牽制するために使うって言ってた。ただ、私たちが赴くのではなく、各地の神殿に使いを出し、清めて供え物をさせる、という案だったんだけど。そういえば、婚約発表の時にそれを宣言するはずが、コーセイの頭からすっぽり抜けたみたいに忘れ去られていたわ。しっかりしてると思っていたけど、やっぱり子供な部分もあるのかな。


 それはさておき、私とコーセイを王都から追い出すつもりなんだろうか。王が留守の間にファルザームと共謀して王の座を奪い取るとか? だとしたら、予防策を考えなきゃいけない。今は従うフリをして、ウィルとルーカスの安全を確保しなきゃだけど。


「分かった。それならやるわ。やるから、二人のことは絶対に傷つけないで! もし少しでも二人を傷つけたらーー」


「どうする? 儂を殺すか? そうなれば二人も死ぬぞ、ハハ」


 腹が立ちすぎて、唇を強く、強く噛み締めた。今ここで魔法を使ってこいつをドブネズミに変えてしまいたい!! そう思うけど、二人がどこに捕まっているかも分からない以上、今は手出しができない。


「王に話して犬共を探させようなどとは思うでないぞ? もし探している素振りでもあれば、即座に犬共を殺す」


 コーセイに話して王宮やマトヴェイの私有地を探してもらおうと思ったのに、それも先手を打たれてしまった。私は唇を強く噛みすぎて血の味がすることに気付いた。でも、私が怪我をしたってすぐ治る。ウィルとルーカスは治らないのに……。


「分かった。コーセイと私で各地の神殿を巡る。それでいいんでしょ?」


 ニヤリ。マトヴェイは蛇のような顔で笑って見せた。

 私は不安と怒りで押しつぶされそうになりながら、何とかマトヴェイの部屋を後にした。


「追って、貴様に何をすべきかは伝えるぞ! 侍女を使ってな」


 そして耳障りな笑い声がした。私はその声から逃げるように、自分の部屋に急いだ。王宮の渡り廊下で、庭に続く吹き抜けからハリーが戻ってきて、私の肩に留まった。


「るか。こわイことあっタ?」


 心配そうにハリーが聞いてくる。私は小さくうなずいて、震える手を握り締めながら部屋へ急いだ。

ついにウィルとルーカスが捕まってることが明らかになりました。物語も中盤を過ぎてきました。完結まで駆け抜けられるよう頑張ります!

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