第七十一話・ヨウムを従えて
アーリャが用意してくれたのは動きやすそうな膝下までの丈のスカート風に見えるキュロットだった。聞くと、ちょっとした木登りや遊戯、乗馬などで貴族の女性が着用するものらしい。立っているとスカートに見えるので上品さもあるから、今の私の立場でも、これなら、はしたないとか言われずに済むらしい。
上は刺繍がたっぷり施されたシャツで、艶やかで柔らかい着心地だ。靴もゴージャスなミュールから、いざという時に走り回れるよう革靴にしてもらった。
「もうすぐ夜になるわね。ルカは婚約発表、疲れたんじゃないの?」
窓の外を気にしながらアーリャが聞いてくる。
「そりゃ疲れたよ。でもコーセイは全然平気そうでびっくりしたわ」
「コーセイ様はあれが日常みたいなものだもの。貴族や上官達と毎日のようにやり取りしてるから、あの程度で疲れてちゃ王様は務まらないでしょ」
あっけらかんとアーリャは言う。私はあんな風に気を使って話をし続けるのは無理だわ。それをたった十五のコーセイがやってるって、実はすごいことなんだって、今になって実感してしまう。
アーリャは私のそばに来て、ポンポンと肩を叩いてきた。見れば犬歯を見せて笑っている。初めて会った時よりずっと打ち解けた態度のアーリャに、私もつられて笑顔になった。
「ルカもコーセイ様の婚約者なんだから、これからどんどん慣れてもらわないとね!」
うっ……優しいことを言ってくれるかと思ったのに、違った。婚約者のフリ、王妃になるフリだから、慣れる必要ないの。と言いたいところだけど、アーリャ達には絶対フリであることは秘密にしなきゃならない。三姉妹にバレれば、即ファルザーム公爵に伝わってしまうだろうから。
その時、扉がノックされて、アーリャが扉を開くと、コーセイとサフィアが立っていた。
見れば、サフィアの手には可愛らしい鳥のぬいぐるみがある。ネズミ色の鳥なので、最初は鳩かな? と思ったけれど、よく見ると尾っぽがオレンジ色だ。
「わー! 可愛い! それヨウムのぬいぐるみでしょ?」
私が大きな声を出して駆け寄ると、コーセイは目をまん丸にして飛び退いて、サフィアは固まっている。二人にはお構いなしに、私はサフィアの手からぬいぐるみを奪い取り、部屋の真ん中へ戻った。
「二人とも何してるの? 早く部屋に入ったら?」
いつまでも動かない二人に声をかけると、二人は顔を見合わせてから、やれやれといった感じで入ってきた。アーリャは一礼してから部屋の外に下がって行く。コーセイがいる時だけ礼儀正しいんだよねー。
「ルカがいきなり騒ぐからびっくりしたよ。そんなにぬいぐるみが好きなの?」
僕より年上なのに、とコーセイが付け加える。私がヨウムのぬいぐるみにはしゃいだ事にびっくりしたのは分かるけど、そんなにびっくりしなくても……。
「いつも大人しいルカ様が、あのように声を上げて来られたのでびっくりしました」
サフィアまで。私は少し自分が恥ずかしくなって、手の中のヨウムのぬいぐるみを撫で回しながら唇を尖らせた。
「このぬいぐるみの元になった鳥、ヨウムって、ズーアスにもいるの? 私大好きなの。昔飼ってたんだよ」
そう、動物大好き一家の我が家には、犬猫だけじゃなく鳥やウサギ、亀、大型熱帯魚、それに爬虫類もいたのだ。
その中でも私にとって大切な思い出があるのが、ヨウムという大きな鳥。とても賢くて、明るくて、ちょっと焼きもち妬きだったり、反抗期は噛み付いてきて大変だったけど、おしゃべりもできるすごい鳥だった。
私が十二歳の時に、もう四十歳を過ぎていたヨウムは亡くなってしまったけれど……本当に可愛くて、子供の頃の思い出にはいつもその子の姿がある。
私はヨウムのことを思い出してニコニコしていたけれど、何故かそんな私を見るコーセイやサフィアの目は驚いているようだ。
「……さすが女神の遣い。どのように生まれ育ってきたのか知らないけれど、ヨウムを飼っていたとはね」
「うん? ヨウムを飼うのは珍しいの?」
「珍しいどころか、女神の言葉を告げる、御告鳥だよ、ヨウムって。女神ファトゥムの寵愛で、加護を得た特別な鳥。ルカは知らずに飼っていたの?」
そこまで言われて私はやっと気付いた。
別の世界で死んで、そのままファトゥム様に助けられてズーアスに転生したこと、ほとんど誰にも言ってないわ。コノエにちょっと話したくらいだよね。
みんなはニンゲンの私がどこから来たのか不思議に思ってたんだ。
「あのね、私がいた人間の世界では、ヨウムを飼うことができたのよ。そりゃ誰でも気軽に飼えるわけではないけれど」
「ニンゲンの世界、か。ルカはそこからズーアスにやって来たってこと?」
「そうだよ。女神様が助けてくれて、ズーアスを平和に導いてほしい、って頼まれてこの世界に来たの」
「なるほど。ニンゲンってどこから来るのかと思っていたけど、別の世界からやってきたんだね。今度、ルカの世界のこと、ルカのこと、もっと教えてほしいよ」
コーセイは謎が解けたからかすっきりしたようで、嬉しそうにしている。
私の話を聞きたいって言ってもらえるのは、私も嬉しくて笑顔になる。
でも今は、マトヴェイと話をするための準備をしなきゃね。
「さて。コーセイ、このぬいぐるみに魔法をかけるから、よく見ててね」
言ってることはまるでマジシャンだわ。自分で言っておいて恥ずかしいそ思ったけれど、コーセイはワクワクした顔で私の手の中のヨウムを見つめている。
私は昔飼っていたヨウムと、先ほどのコーセイの話を合わせて、イメージを作り上げる。
明るく賢い、話し好きのヨウム。私の意思や言葉を告げられるように。それから、強さと勇敢さ、それに力強く飛ぶこともできるように。私の加護で、あらゆる攻撃から逃れられるように。
願いを並べて、ヨウムのぬいぐるみにそれらを込める。
「あなたの名前はハリー。私の思いを込めて命を与えます」
私が声をかけると、ぬいぐるみは一回りほど大きくなり、実物のヨウムに近い姿に変わった。今までは可愛くデフォルメされたふわふわのぬいぐるみだったのが、リアルさを追求したぬいぐるみになった感じ。大きさは実物のヨウムより少し大きい。
「すごい! 魔法でこんなこともできるの?」
コーセイが少年のように無邪気に喜んでいる。私も嬉しくなって、ハリーを腕に乗せて見せた。ハリーっていうのは昔飼っていたヨウムの名前で、この子に絶対付けようと思っていたんだ。
「こんにちハ、はりーだヨ」
ややカタコトながらも、立派にしゃべってくれた。私も感激したけど、コーセイと、後ろに控えているサフィア、二人の目のキラキラが半端じゃない。
「ハリーを私の護衛兼、何かあったらコーセイに知らせるための連絡係にするわ。さぁ! 遅くなったけどマトヴェイのところに乗り込んで来るね」
ハリーが「行くヨ!」とやる気満々で私の肩に乗ってくる。ちょっと大きい体にし過ぎたからか、予想以上に重たい。コーセイが羨ましそうに見てる気がするけど、明日になったらハリーと遊ばせてあげよう。
「気を付けて。ルカの魔法が凄いことはよく分かったけれど、マトヴェイの悪知恵も相当なものだからね。本当は一緒に行きたいけれど、立場上、今は控えておくよ。何かあれば駆けつけるからね」
コーセイは私の肩にそっと優しく触れると、名残惜しそうに手を離した。ついでにハリーのことも一瞬触っていたけど、遠慮してるみたい。
「ありがとう、大丈夫よ。今までコーセイがいじめられてきたぶん、やり返して来るわ」
笑いながら言う私に、コーセイは心から嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。
さぁ、薄情の意味を聞きに行くとしますか。
なんとか書き上げられたので、本日二度目の次話投稿致します。明日にしようか迷ったのですが、ブクマしてくださる方が、土日の間に読めたら喜んでいただけるかな、と思いました。
ヨウム、今や入手困難な鳥ですね。国内ブリードした個体しか手に入らないため、価格が高騰しています。




