第七話・乗り物を捕まえる
目が覚めると、寝ているのは私だけで、兄弟二人の姿はどこにもなかった。体を起こそうとしたら、体がバキバキに凝り固まっていて、深いため息が自然と漏れ出た。
ただでさえ慣れない夜営、マント一枚で草むらに寝た上に、左右に猫人がいて寝返りも打てなかったから……。
仕方なく、起き上がって五分くらいストレッチしていると、不思議と体が軽くなる。なんか、転生する前より体が軽い気がする。この世界の重力が軽いとかそういうのがあるのかもしれない。
そうこうしていると、朝ごはんを調達してきてくれた二人が帰ってきた。私一人残して心配だから、ヴァイスは付近でまた木の実を取ってくれたらしい。そしてまたなでなでをせがまれたので、朝からサラサラの白髪を撫で回した。草むらに座る私の膝に乗っかって、嬉しそうに頭を撫で回されている弟を見下ろすコノエ。なんだかじっとりしているように見えるのは気のせいかな。
「そろそろ馬が見つかると思うんだが、ルカは乗馬できるか?」
「えっ、馬? この世界にも馬がいるの?」
こくりと頷くコノエ。猪の化け物といい、元いた世界にいた生き物が生息してるんだ。犬と猫は人型なのに、他の生き物はそのままっていうのがちょっと面白い。だって、猫が馬に乗って移動するんだよ?
そんなこと考えて笑っていたけれど、乗馬はできるかという質問を思い出して我に帰る。
乗馬! 元いた世界で乗馬なんてマイナーなことは、数えるほどしかしたことがない。しかも体験乗馬、とか、お遊び程度のものだけ。
「乗馬はほとんどしたことないや。しかも捕まえるって、野生の馬を捕まえるってことだよね? 人を乗せるためによく慣らした馬しか乗ったことないの」
「ふーん、馬を飼い慣らすってのは、犬どもと同じなんだな」
ヴァイスが話に入ってきた。可愛い瞳で私を見つめてにっこりしてから、ぱっと立ち上がる。馬に乗れないって告白して泣きそうな私を見て、腰に手を当ててふんぞり返って見せた。
「俺は上手に乗れるから、ルカも一緒に乗ればいいぞ! 特別に許してやる」
えっへんとふんぞり返るヴァイス、とっても可愛くて、落ち込んだ気持ちが明るくなる。乗馬できないからって置いてけぼりにされる心配はないのね、良かった。
コノエが来てふんぞり返っているヴァイスの額をこつんとグーで叩く。
「お前はダメだ。自分だけならまだしも、立ち上がったり馬を走らせたり無茶するから」
馬に乗って立ち上がるってどういうこと? 私はサーカスの馬に乗った曲芸師を思い出した。ヴァイスと相乗りすると振り落とされる可能性が高そう。
コノエはマントを羽織って荷物を背負い、視線で私を促す。私もヴァイスもパッと支度して、ついて行く。
「ここから少し行くと馬がいるから、俺とヴァイスで捕まえる。慣らすのに少し時間がかかるから、ルカはその間、湖で遊んでるといい。化け物や何かの気配がしたらすぐ行くから」
ここから少し歩くと湖があるらしい。コノエもヴァイスももう少し先まではよく狩りに来ている場所だそうで、生息している生き物にも詳しかった。湖は綺麗だし、危ない生き物もいないから安心していいと言われ、ワクワクしてきた。
まだジーアスに来てから一度もお風呂に入ってなかったから! やっと頭や体を洗える。石鹸やシャンプーがないから綺麗になるかは分からないけど、入らないよりマシだと思う。このままじゃ体がかゆくなりそうと思って参っていたから、本当に嬉しい。
二時間くらい歩いただろうか、エメラルドグリーンの湖が見えてきた。そんなに大きな湖ではなく、全体が一目で見通せるくらいの大きさだった。
水辺に鳥や馬のような動物の姿が見えたけど、私たちを見るとすぐどこかへ消えていった。
二人は私に目配せして、荷物とマントを置いて、そのまま音もなく走り去って行った。さっき見えた馬らしき生き物を捕まえてくるってことね、きっと。
私は一人になってふぅと息を吐き、荷物を下ろしてマントを脱いだ。この世界に来た時から着ている麻色のワンピースは、不思議なことに全然汚れていないし臭いもない。
あたりに誰もいないのを確認して、ワンピースも脱いだ。下着は、手拭いみたいな長細い布が上下それぞれ巻いてある感じで、伸縮性があって不思議な生地だった。湖に入ると水はそんなに冷たくなくて、水を飲んでみるとまろやかでとっても美味しかった。後からお腹壊したりしないよね、きっと。
湖に腰まで浸かり、体を洗う。顔も体もよく洗った。風で揺れる木々の音や、小鳥の鳴き声が心地よく、森林浴している気分になって深呼吸もした! なんだか健康になれそう。体がすごく軽く感じるし、今のところ体調もずっと良い。
二人がどのくらいで戻るか分からなかったから、早めに湖から上がって、荷物の中のタオルで簡単に体を拭いてからワンピースを着た。
空を見ると雲ひとつない晴天で、太陽が眩しい。この世界にも太陽があるんだなあ。元いた世界と何も変わらない景色だけど、人間は私しかいない。でも同じ人型の猫種属たちがいるから全然寂しくない。
遠くから馬のいななきが聞こえてきて、そちらを振り向くと、二頭の馬が軽快に歩いてくるのが見えた。もちろん乗っているのはコノエとヴァイス。馬はどちらも栗毛で、野生の馬だから鞍も付いていない。きっと猫人は鞍を付ける事もしないんだろうな。馬は捕まえて乗るもので、飼育するもんじゃない、猫人は家畜は持たないって言ってたもの。
「待たせたな! おっ、お前ちょっと小綺麗になってるな」
馬の上から上から目線のヴァイスが、濡れた私の髪を見て言ってくる。
「水浴びしたんだよ。やっと体を洗えてすっきりした。人間は毎日お風呂に入るから、ずっと入りたかったの」
「毎日風呂?! なんの拷問だそれ!!」
あー、ヴァイスにはお風呂や水浴びの良さは分かってもらえなそう。猫はあんまり洗わなくてもブラッシングしてれば綺麗だし、ほとんど体臭もないもんね。羨ましいくらいだよ。
二人は馬に手綱だけはつけていて、手綱を持ってひらりと降りて荷物を背負い、またひらりと馬に跨った。私がどうしていいか分からず困って二人を見ていたら、コノエが手を差し出してくれたので、その手を掴む。
村での足場に乗った時のように、ぐいっと持ち上げて馬に乗せてくれた。そんな筋肉質そうには見えないのに、すごい力。
馬が少し不満そうに鼻を鳴らす。私は「重くなってごめんね」と馬に話しかけて、首筋を撫でた。そうすると、馬は文句を言うのをやめてくれた。馬のことは無知だけど、伝わったなら良かった。
「じゃあ出発する。ここから馬の足なら二日はかからない。慣れるまで尻が痛くなるけど頑張れよ」
コノエのちょっと高めの声がすぐ後ろから聞こえてくる。私が後ろを見ると、彼の銀色のサラサラの髪が私に触れて、振り向いた私の顔を覗き込むように見つめている。ち、近い。
コノエは優しい笑顔を浮かべていた。耳もぴょんと綺麗に立っていて、尻尾も立っている。嬉しそう。次の瞬間、私の顔に頬擦りしてきた。
「あー! 兄ちゃん! ずるい!」
お兄ちゃん大好きなヴァイスが大声で文句を言う。そうだよね、コノエを取られたって思っちゃうよねこれじゃあ。私はロボットのようにぎこちなく前を向いて、
「そ、それでは出発進行ー」
と小さな声で呟いた。もつコノエの方は恥ずかしくて振り向けない。ヴァイスはぷんぷんしながら馬の上に足を乗せて、またがるのではなく、しゃがんでいる。猫のバランス感覚からすれば、跨る必要なんてないんだ。
「先に行って晩ごはんのおかずとってくるぞ! ルカの好きなもの取ってくるからまた頭ゴシゴシしろよ!」
そう言うなりヴァイスは馬を走らせあっという間に消えていく。残った私とコノエと馬。
き、気まずい。コノエは無口な方だから、話しかけるのも迷惑かなと思い、とにかく黙って大人しく馬に揺られることにした。
高校生の時、NZに留学しました。ある日、乗馬をするぞ! と連れて行かれ、いきなり馬に乗せられて、そのままぞろぞろ馬に乗せられて歩いていたのですが。
私の馬は途中から列を離れ、好き勝手なところに行ってしまい、最終的には馬屋に帰って、降りるに降りれなくなってしまったことがあります。
手綱でコントロールしようにも、初対面の私の話なんてこれっぽっちも聞いてくれませんでした。
懐かしい。




