第六十九話・そしてファルザームとマトヴェイ
「王よ、メルロー子爵が哀れなほどに困っているようですよ。解放してあげては?」
メルロー子爵の背後から、白髪の猫人がやって来て、尊大に話しかけて来た。初対面の私でも分かる、すっごく失礼な態度だ。メルロー子爵はその声を聞いて今まで以上に怯え出している。せっかくコーセイと打ち合わせて準備してきたのに、なんでこんなに怯えられなきゃならないんだろう?
「……ファルザーム公爵。久しぶりだね」
コーセイの声が少し硬くなった。この初老の猫人が噂のファルザーム公爵なのね。確かに、顔のパーツがやや中央寄りで、鼻が低いから、ペルシャっぽい顔だ。
「ふふ、久しぶりにお会いしたかと思えば、ニンゲンと婚約とは、王にはいつも驚かされます」
ファルザームはちらっと私を見た。興味や関心ではなく、敵意に近いものを感じる視線だった。コーセイが私を抱き寄せて、小さく威嚇している。
「ファルザーム、公爵と云えど、未来の王妃をそのような目で見る事は許さんぞ」
いつも私と楽しそうにしゃべっているコーセイとは別人のような厳しい声だった。ファルザームはスッと身を引いて頭を下げる。貴族流のお辞儀かな? でもどこか嘘っぽい感じがする。
「大変失礼致しました。未来の王妃様……未来があれば、のお話ですが」
ファルザームの一言で、その場の空気が凍りついた。
可哀想なくらい震えて小さくなっているメルロー子爵に、コーセイは目もくれずに話しかける。
「子爵。そなたに我が婚約者ルカの家庭教師を命じる。明日から王宮に来るように」
「か、かしこまりました」
言うなりメルロー子爵は早足でこの場を立ち去って行った。良かった、このままここに居たら青くなって倒れちゃいそうな勢いだったからね。
ファルザームとコーセイは睨み合っていたけれど、私は周りを見る余裕があった。二人を見る貴族や高官達の好奇の視線が痛い。でも私と目が合うと、嬉しそうに瞳を輝かせる猫人が少なくなかった。
「コーセイ、このおじさんは無視して、皆さんと話そう……?」
コーセイの袖を引っ張りながら、そっと呟いた。私の言葉はファルザームの耳にも届いたんだろう、明かにイラッとしているのが見て取れる。ふふふ、勝手に怒ればいいのよ、相手にしてあげないけどね!
「そうだね、ルカと話したい者がこんなにいるのだからね。では公爵、時間がもったいないので失礼する」
コーセイの言葉にファルザームの額に青筋が浮かび上がったように見えたけど、コーセイは私の腰を抱いてさっさとその場を離れた。
「予定が狂いそうで怖いね。ここから巻き返して行けるかな?」
コーセイの言葉に私はしっかりと頷いた。期末試験のつもりで挑んだ貴族名鑑の暗記、頑張る!
コーセイが優雅に貴族を紹介してくれ、私は名鑑の内容を思い出して話を膨らませて行く。
「これは、ビスケッツァー伯爵。僕の美しい婚約者を褒め称えに来てくれたのかな?」
「左様でございます。こんなにも美しく優しげな女性は、猫人にはおりませんから、なるべくお近づきになりたいと思ったのですよ」
「ハハハ、僕の婚約者だから誰にも渡さないけれど、今日は見つめることくらいは許してあげよう。ね、ルカ」
「ビスケッツァー伯爵、初めまして、ルカです。コーセイ王から貴方のことは聞いております。素晴らしい庭園をお持ちのようで、ぜひいつか見せていただきたいです」
「おお、私の自慢の庭園のことを話してくださったのですね、陛下。ぜひいらしていただきたいものです。特にバラと果樹に力を入れていまして……」
「これはこれは、モンテーニュ侯爵。お話しするのは久方ぶりだね」
「ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。女神の遣いをこの目で一目見たくて、ここまでやって参りました」
「そうか、それは嬉しい。僕の最高の婚約者だからね。ルカ、こちらはモンテーニュ侯爵だよ」
「初めまして、モンテーニュ侯爵。ルカと申します。コーセイから、貴方の葡萄園で取れる葡萄で出来たお酒がとても美味しいと聞いております。今年の葡萄はいかがですか?」
「ほう、我が家業について王が話してくれたとは光栄です。今年も豊作ですよ、素晴らしい葡萄酒が出来上がるでしょう」
「それは楽しみです、ね、コーセイ」
「ふふ、そうだね」
この調子で、ずーっと喋りっぱなし。サフィアが時々飲み物を持ってきてくれるので、それを飲んで喉を潤しながら、なんとか暗記した貴族のほとんどと話終えた。
「お疲れ様。少し座るかい?」
私がヘトヘトになっているのを見たコーセイが、広間の上にある優雅な長椅子を指して言ってくれた。そこに座れば座ったで、また猫人に囲まれそうな気はしたけれど、疲れていたので頷いた。
長椅子はふかふかで吸い込まれそうなほど座り心地が良かった。コーセイは傍で立ってにこにこと私を見下ろしている。こんなに社交辞令言いまくり状態のまま、たくさんの人と会話して、コーセイは疲れないのかな。
そこへ、見覚えのある太った中年猫人が歩いてきたのが見えた。
待ちくたびれたよ、デブロシアンブルー! 私は心の中で叫んだ。
獲物を狙う猫のように、見上げるような、刺すような視線でマトヴェイ宰相が私を睨みつけながら近寄ってきた。
私は先手を打つ! というわけで、優雅な長椅子にふんぞり返って、偉そうにしながらマトヴェイに話しかけてあげた。
「お久しぶりですね、マトヴェイ宰相。あのキンキン声の従者さんはお元気ですか? あ、私が怪我させてから元気なわけないですよね。もしなら回復魔法をかけてあげるので言ってくださいね」
マトヴェイは顔色を変えて怒り出すーーかと思っていたのに、予想外の反応が待っていた。ただ私を見て、不敵に笑ったのだ。
その笑いが不気味過ぎて、私はコーセイの方をチラリと見る。コーセイは冷たい目をしてマトヴェイを見下ろしていた。
「以前、お前がルカにした仕打ちは許そう。ただし、二度はないと思え。それから、僕達の婚約に祝いの言葉の一つも言えないの?」
「フフ……このたびはご婚約おめでとうございます、王よ。今はその喜びを噛み締めて過ごされれば宜しいでしょう。しかし、婚約者様は随分薄情な方らしいですなあ」
「何?」
マトヴェイの不吉な言葉に、コーセイと私は声を揃えて聞き返した。薄情って、何のこと?
「いやいや、こちらの話なのでお気になさらず。儂はまだ宰相としての仕事が残っているので、そろそろ失礼させていただく」
何その思わせぶりはーー! マトヴェイはニヤニヤ薄ら笑いを浮かべたまま私たちから離れて、広間を出て行った。
私とコーセイは顔を見合わせる。
「私のこと薄情って……何のことだろう?」
「ふん、どうせ適当な作り話でも広めるつもりなんじゃないの? 気にするだけムダだよ、ルカ。大丈夫、僕の婚約者という立場が皆に知れ渡った今、そう簡単に手出しは出来ないから」
コーセイはそう言うけど、私は心のどこかにトゲのようにマトヴェイの言葉が突き刺さるのを感じた。
ブックマークが少しずつ増えてきて、とても幸せです。もし、この犬種を出して!とか、猫種を出して!というリクエストがありましたらぜひ本編で登場させていただきますので、感想やその他でお知らせいただければ幸いです!




