第六十六話・捕らえられた二人
少し暴力的な言葉が出てきます。苦手な方、申し訳ありません。
ウィルとルーカスは冷たく湿気た地下牢に繋がれていた。
メルロー子爵の屋敷で捕まった後、汚い麻袋を被せられここに連れて来られた。実はルカのいる王宮の真下に当たるのだが、誰もそれは知らない。
二人は両手、両足に枷を嵌められ、ほとんど身動きが取れない状況にある。しかもその状態で猫兵士たちに殴る蹴るの暴行を受けたため、顔は腫れ、体のあちこちから血が出ていた。
「それで、ウィリアム。ここが当初の目的通り、王宮の地下牢だとする。どうやってここからルカ様を救出して逃げるつもりなんだ?」
ルーカスのいつも綺麗に束ねている黒髪が、乱れて顔に張り付いていた。それでもランタンの明かりに照らされる顔は整っている。アフガン・ハウンドは美男美女しかいない種類なのだ。ウィルは、自分も美男子に生まれて良かった、じゃないとルーカスと並んで立つことが耐えられなかったな、と考えてから笑った。
「聞いているのか?」
「はいはい、聞いてるよ。僕の予定では、鍵を開けて逃げるつもりだったんだけど……」
ウィルは困ったように笑った。洋服の袖口、耳元、ブーツ、それぞれの中に隠していた鍵開けのピンは猫兵士に取り上げられてしまったのだ。
「あいつらの用心深さは尋常じゃないな」
ルーカスも同様に、隠しておいた武器や小道具を全て取り上げられてしまった。普通ならここまで丹念に調べることはしないと思うのだが、相手が悪かったらしい。
「というわけで、ちょっと困った状況かも」
ウィルはハハハ、と力なく笑ってから項垂れた。ルーカスは目を閉じて、森の中で出会った凄腕の猫人のことを思い出していた。何も打つ手がないこの状況で、唯一の助けになるかもしれない存在、コノエと名乗った猫人の男。彼が来てくれたら。
他力本願、しかも猫人に、なんて普段のルーカスには考えられないことであったが、この状況ではプライドも何もかもかなぐり捨ててでも逃げなければならない。
その時、乾いた足音が響き渡り、続いて数人が話しながらこちらへ向かって来た。
薄暗い地下牢で、ランタンの明かりを手に、黒いローブを纏った猫人が立っている。背後にも猫人がおり、合計で六人、ローブ姿が二人と、残りは兵士のようだ。
「久しぶりだな、クロスフリー。使節団で来訪して以来だな。こんな形での再会とは、非常に残念だ」
ローブのフードを取った猫人を見て、ウィルが息を飲んだ。
真っ白い髪に、白い立ち耳。瞳は金色で、顔は上品ながらもやや寄り目で鼻が低い。歳は四十代くらいだろうか。ペルシャという種類で、猫王国でも王位に限りなく近い地位にあるということをウィルは知っていた。
「ファルザーム公爵……僕達を解放していただけませんか? あなたのような高い地位にある方が、犬王国の使者である僕らにこのような真似をしてどうなるか、分からないではないでしょう?」
ウィルはペルシャの猫人の名を呼んで、冷静に語りかけた。ウィルが使節団で来た時に交渉した相手こそがファルザーム公爵だったのだ。あの時も、一見すれば礼儀正しいように見えるが、その裏で傲慢で威圧的な態度を匂わせていた。
ファルザームはウィルの言葉に冷笑する。
「正式な手順を踏んで来訪したならまだしも、違法なルートで入国し、その上、メルロー子爵を脅した。そんなお前達が使者だと? 私を馬鹿にするのも大概にしたまえ」
「お言葉ですが、公爵。僕達は猫人を誰も傷つけていませんし、メルロー子爵のことも脅してなどいません。和平成立後はお互いの国の往来も認められているはずです。僕達に暴行を加え、こうして鎖に繋いでいる事は国際問題になりますよ」
「そのよく回る舌を切り落としてやろうか」
ファルザームの後ろでフードを被っている猫人が、ざらりとした声で会話に割って入ってきた。フードを下ろすと、灰色がかった青い髪の、恐らく四十過ぎの猫人だ。
「マトヴェイ宰相……」
ウィルが暗い声で呟いた。
ルーカスも顔を上げて二人の猫人を見た。バルトーの町の戦闘、そしてルカの誘拐、黒幕がいるとは思っていたが、想像以上の大物が出てきたものだ。
「お前達を処分することなど簡単なのだよ。犬王国に知られることなく、この世から跡形もなく消し去ることなど造作もない。だが、まだ使い道があるから生かしてやっているのだ」
その黒い言葉に、ウィルは内心で凄まじいほどの焦りを感じた。だがそれを悟られるわけにはいかない。
「いっそ殺して下さい。さもないと大声で吠え続けますよ。ここが地下牢と言えども、空気の流れがある限り、犬の遠吠えの音は誰かしらに届くでしょうね」
ウィルが挑発するように言った。ファルザームは目を細め、ひどく冷たい目でウィルを見、それから後ろに控えている兵士に顎で指示をする。
兵士は鍵で牢の扉を開け、中に入ってきた。手には棒のような物と口輪を持っている。
兵士はそのまま躊躇うことなくウィルの頭に棒を振り下ろし、鈍い音がして、ウィルはぐったりと首を垂れた。兵士は気絶しているウィルの口に口輪をはめると、涼しい顔で牢を出て行き、鍵を閉めた。
「さて、犬王直属の近衛騎士、ルーカス・セカンダリ・デラセル。ガウディ王の甥。お前はこの男のような馬鹿ではあるまい」
ルーカスはただ黙ってじっとファルザームを見た。その沈黙に満足したのか、ファルザームは話を続けた。
「お前達にはまだ役立ってもらおう。あの忌々しいニンゲンを殺すための、な」
ルカはまだ生きていて、無事なようだ。こいつらでも手出しできないようなので、自分で身を守っているか、誰かの加護を受けているのかもしれない。どちらにしても、ルカの無事が分かりルーカスは内心ほっとした。
「お前は犬王の血縁だから、イロイロと使い道があるかもしれんな。思わぬ拾い物をした。良くやった、マトヴェイ」
「ありがとうございます。儂は早くあの小娘と無脳な若造を血祭りにあげたいのですが」
「そう急くな。その時は必ずやって来る。我らの時代がな」
ルーカスはじっとして二人の会話を聞いていた。ルカの状況も含め、少しでも情報が欲しい。しかし、ファルザームはルーカスをチラリと見て、
「帰るぞ。騒いだら、死ぬよりもっと酷い目に合わせてやるからな」
と吐き捨てて行った。
ルーカスは彼らの姿が見えなくなったところで小さく呟く。
「拷問なんぞ怖くない。怖いのは、ルカ様を失う事だけだ」
ガウディ王の大切な女性。そして、親友であるウィルの想い人。
それに、長い間胸の内につかえていた悩みを、あっさりと解決してくれた不思議な魅力のある女性。
彼女の存在はズーアスにとって光なんだ。出会い、言葉を交わし、彼女の行いを見てきたから分かる。彼女をもし失えば、ズーアスは混沌とした闇の中に落ちてしまう。
ルーカスはそんなことを思い、唇をかみしめた。
その時、はるか上にある空気を取り入れるための小さな小窓に影が落ちた。
「ルカの足枷になるなと忠告したはずだが」
聞き覚えのある声がした。ルーカスは嬉しさから自然と笑みがこぼれた。
「コノエ。待っていたぞ」




