第六十二話・フリをする約束
王妃になる! と言った私を見た時のコーセイの顔。たぶん私は一生忘れられないと思う。
瞳はぼんやり焦点が合ってない感じだったけど、大きな目が優しく笑っていて、口も柔らかく笑顔になっていた。それに、尻尾がピンと立っていて、ゴロゴロと彼の喉が鳴っているのが分かった。
我慢できないと言わんばかりに、コーセイは頬を私の首元辺りにすり寄せて来たので、私は両手で彼を必死に押し戻した。
ここは浴場。しかもコーセイは下半身にタオル巻いてるだけ。私もバスタオル一枚。年下の男の子とはいえ、危険がないわけがない。
「なんで押すの! 王妃になるならくっついて良いでしょ!」
不満そうにコーセイが声を上げた。私に抱きつく気満々で、大きな両手を広げている。
私は力の限りに彼を押し戻し、口を開いた。
「違うの! 王妃になる、って事にして話を進めれば、きっとコーセイの地位も固まるよね? それで貴族連中を黙らせて、神殿の破壊も止めよう。コーセイが王として大丈夫になるまで、私が王妃になるフリをするの」
「えー!! フリって……そんなのバレちゃうよ。それにフリをするくらいならワンシーズン王妃で居てくれれば良いじゃないか」
「それは遠慮するわ。私ね、本当に好きだって思う人とずっと一緒にいたいの。恋もしたいし、普通の恋愛もしたい。出会ったその日に、王様から王妃になれなんて言われても無理なの。だから王妃になる予定ですよーってフリをして、戦争したい連中を黙らせる方法を探したり、神殿を守ろうよ」
私は我ながら良いアイデアを思いついたもんだと満足だったんだけど、コーセイは非常に不満そうだ。さっきあんなに幸せそうな顔をしていたのが嘘みたいに、尻尾をバンバン叩きつけている。
「……分かった。とりあえずフリでも。でもその気になったら本当に結婚して王妃になってよね。そこまでしないと僕の地位が確固たるものにならないかもしれないし」
「そこは私の魔法の力と、犬王国へのパイプがあるから、なんとかなると思うよ」
「えー? 犬王国の奴ら、ルカを奪い返すんだ、とか言って戦争仕掛けて来たりしない? 大丈夫?」
言われてみて、ちょっと想像してみた。私の熱狂的な支持者……マゼラ大司教に、イエーツ宰相、それに王妃にしたいと言ってきたガウディ王。それからウィルも。ああ、少なくともウィルは怒り狂って大反対しそうだし、イエーツ宰相も静かに怒りそう。ガウディ王は落胆してしまうか、それとも私の意図を汲んでくれるのではないだろうか。マゼラ大司教には、女神様のためって言えば分かってくれそう。
「えーと、事情を説明すればきっと大丈夫……」
「向こうに本当の事を言ったら、フリだって言うのが貴族連中にもバレてしまうよ」
「そしたら、本当に信用できる騎士にだけ話をして、その人に伝えてもらうよ」
私はウィルのことを思い浮かべながら言った。そういえばウィルはどうしてるんだろう。私は王宮の中に連れてこられてしまって、ウィルはきっと王都の中に入るのも難しいはず。
「ねぇ、コーセイの力で私の近衛騎士をこの王宮に招き入れることって出来る?」
「デブロシアンブルーが大騒ぎしそうな案件だね。善処はする。だからルカも、まず僕の婚約者になる事を善処してくれる?」
なかなか難しそうだ。フリで騙しているうちに猫王国を平和にできたらって思ったけど、もしかしたら私はとんでもない事をしようとしてるのかも。
今になって、婚約者と言われて不安になってきたけれど、もう後戻りはできない。
「分かった。ここを出たら、フリ開始ね」
私は覚悟を決めてうなずいた。
するとコーセイはニヤリとして、いきなり私の事を抱き上げた。大きな体に包み込まれるようにお姫様抱っこされる。
「きゃあ! 何するの」
「うん? 今からフリ開始したほうが説得力が出るでしょう。さぁ、のぼせて倒れる前に出よう」
私を抱くコーセイの体は、熱いけれど汗は引いているようだ。私は恥ずかしさでカチコチになりながら、そのまま抱っこで浴場の出口に運ばれた。
待ちくたびれてジュースを飲みながら本を読んでいた三姉妹が、私をコーセイの姿を見てきゃあきゃあ大騒ぎするのを見ながら、コーセイは私の耳元で囁いた。
「明日には僕とルカの噂で持ちきりだね」
その囁きの甘さは、とても十五歳のものとは思えない。耳まで真っ赤になっていそうな自分の体温を感じながら、コーセイの方を見れずにぎゅっと掌を握りしめた。
「さぁ、僕の大切な人をまた綺麗にしてくれる?」
「もちろんですわ」
「浴場で育まれた愛、なんだかロマンチックな響きですね」
「私たちが腕によりをかけてルカ様を美しく仕立て上げます」
三姉妹はルンルンだ。こんな時だけ私のことを「様」付けで呼んでる。
コーセイは私のことをそっと下ろして、そのまま自分の侍従が待つ隣の部屋に消えて行った。彼の背中が消えるまでずっと目で追っていたけれど、見えなくなった途端、緊張の糸が切れてどっと疲れが出てきた。
「はぁ……」
ため息をつく私を不思議そうに三姉妹が見つめている。
「きっと、不慣れだったのね」
「それか、あまり良くなかったとか」
「二人とも! よーくルカを見て! このがっちりと巻かれたバスタオル。乱れていない髪。まだ何も起きてないわね、これは」
三姉妹で、何を言ってるのだろう。
私は今度はもっと深いため息をついて、盛り上がっている三姉妹を横目に椅子に座り込んだ。
ぐしょ、と嫌な感触がして、お尻が濡れる感触がある。
ああ、さっき私が濡れたドレスで座った椅子だったわ、これ。何をやっても上手くいかない、そんな時は未来が余計に不安になる。
私、もしかしたらとんでもないことを始めてしまったのかも。
三姉妹にまた浴場へ連れられながら、三度目のため息が自然に出てしまった。
物語がまたにぎやかに動き出しそうです。ブックマークや★の評価、そして感想ありがとうございます。書き続ける原動力になっています。




