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第六十話・王族専用の浴場にて

「私は一緒には入らないですからっ!」


 私は大きな声を上げて、その場から動くまいとドッシリと椅子に座り込んだ。

 そんな私を困ったように取り囲むのは、さっき私の身支度を整えてくれた猫人侍女三姉妹ーー私が勝手に三姉妹って呼んでるーーだ。


 水連の池にコーセイ王を落としてしまった後、王族専用の浴場に連れて来られた。王が「一緒に湯浴みする?」なんて言ってたけど、まさか本気だったなんて。

 絶対冗談だと思っていたのに。というか、冗談であって欲しかった。


「困ったわねえ。王はもう中でお待ちなんでしょう?」

「そうよ、早く連れて行かないと、王がのぼせてしまうわ」

「でもテコでも動かないって感じよね、これ」


 三人とも揃って腕組みをして、椅子に張り付いている私を見下ろしている。


 私が王族専用の浴場に着いてすぐ、この三人もやって来た。仕事だと言われて来てみれば、ついさっきピカピカにした私が、今度はずぶ濡れの泥だらけで立っていたので、三人はかなりお怒りだった。


「男性と一緒にお風呂に入るなんてこと出来ませんから!」


 自分でも泥くさいのは分かっているけれど、ほぼ初対面のコーセイ王と一緒にお風呂に入るなんて、そんな恥ずかしい事は絶対にできない。


 比較対象があれだけど、ウィルでも無理。百歩譲って、ヴァイスなら良いかも……。


「困りまーす! 入ってもらわないと私たちが怒られちゃうんだから」

「そうよ、さっきからドアの外にいるサフィア様の圧がすごいんだから、ああ怖い」

「ルカ、観念して。猫王国に居るのに、コーセイ様に逆らおうなんて無駄な考えは捨てなさい」


 三人とも小鳥のさえずりみたいに元気だ……。私は首を横に振って、椅子の肘掛けをしっかりと掴む。濡れて泥だらけのドレスで座った椅子は、ぐっしょり濡れて、可哀想にもう使い物にならないかもしれない。でも私にとっては人生の一大事なんだもの、これくらいの犠牲は仕方ない。


「絶対ムリ! さっきのお部屋のバスタブに入れば良い話でしょ? なんでわざわざ王様と一緒に入らなきゃならないんですか」


 三人のうち、私が最初に話しかけた侍女が、私の両肩を掴んできた。


「そりゃあなたをモノにしたいからでしょ。コーセイ様がやるって決めた事は、全て現実になるのよ、この王国ではね」


 私はムッとして言い返す。


「それは猫人の皆さんにとってはそうかもしれないけど、私は人間です。猫王国の、コーセイ王のルールは通用しません」


「へぇ、そう。じゃあルカが言うこと聞いてくれないせいで、私たちが罰せられても構わないんだ?」


 すっかりタメ口になってる侍女が、明るい茶色の猫耳を左右に倒して、尻尾も下げて悲しそうに、というより不満そうに言ってくる。

 私のことをひたすらに敬っていた犬人たちと大違いだけど、親しみを感じられるからイヤな気はしない。このシチュエーションでなければ、友達みたいに楽しく話ができていたのだろうけど。


「あなた達を罰しないように王に言います、それなら良いでしょ?」


「それはありがたいわ! じゃあ、今すぐ言いに行って!」


 私の肩を掴んでいた侍女が、びっくりするほど力強く私を引っ張って立ち上がらせ、そのままグイッと浴場へ続く扉に押し込んでくる。


 ……まだ泥まみれのドレスを着たままだし、アクセサリーもつけっぱなしなのに。


 そこら辺を諦めて、とにかく一刻も早く浴場に行かせることにしたらしい。残った二人も一緒になって私をぐいぐい押し始めた。


「ちょっと! やめて! お願いだから! 男の人と一緒にお風呂なんて入れるわけないでしょ!」


「初めての経験をして来たらいいわ! 湯浴みくらいなんて事なんだから、観念して入って」

「そうそう! ルカも私たちみたいに大人の色香がにじみ出る女になれるよきっと」

「最初から拒否権なんてないんだから、諦めて行ってらっしゃい」


 私の叫びは三人の元気すぎる声にかき消され、すごい力で浴場の中に押し出された。


「きゃあ!!」


 浴場の床は石造りで、湿気で濡れていたので滑って転びそうになる。その瞬間、ガシッと腕を掴まれて、なんとか転ばずに済んだ。


「やれやれ、さんざん人を待たせておいて、泥だらけのドレスのまま登場するとはね」


 そこには上半身は裸、下半身にはタオルを巻いただけのコーセイ王の姿があった。私は思わずのけぞって、浴場の入り口に戻ろうと振り返る。


「ごゆっくりー」


 浴場の扉の向こうで、三姉妹が笑いながら手を振っていた。私を絶対通さないぞ、と言わんばかりに扉の前をがっちり固めている。


 逃げ場を無くして、私はただただ立ち尽くした。

 そんな私を、コーセイ王がじっと見ている。私も王を見返した。彼の銀色混じりの縞模様の髪からは水が滴っており、耳だけが乾いていた。


 そういえば、うちの猫も、耳が濡れるのはすっごく嫌がってたなあ。お風呂が好きで、自分から洗面器に張ったお湯の中に浸かる変わり者の子がいたんだけど、その子も耳が濡れるのだけは嫌がってた。

 懐かしい。今どうしてるだろう。


 猫のことを思い出してみたら、ちょっと気持ちが落ち着いた。……とはいえ、コーセイ王の上半身はとても見れそうにない。


「ちょっとは落ち着いた?」


 優しい声で、コーセイ王が聞いて来た。私は顔を伏せながらこくりとうなずいた。


「良かった。あのね、あっちに体を洗う場所があるから、行っておいで。ドレスを脱いで、身についているものも外さないと」


「脱ぐのは出来かねます」


「……僕は反対側で湯に浸かったり、のんびりしているよ。そこからは見えないから、脱いで体を綺麗にしたら、タオルを巻いてから来ればいいでしょ。全く。僕の言うことをこんなに利かない奴は初めてだよ。あー、もう、そんな顔しないで。浴場で襲おうとか、そんなつもりじゃないんだよ」


 ややめんどくさそうに、そして少し笑いながらコーセイ王が向こう側へ歩いて行く。離れてくれたのでホッとして、私も教えられた場所に向かって歩き出した。


 浴場は湯気がいっぱいで、ぼんやりとしか全体が見通せない。広さはざっくり、体育館くらいはありそう。犬王国の大神殿で見た柱とそっくりな柱が所々にある。湯船が何ヶ所かあって、花が浮いていたり、白濁していたり、湯船によって中のお湯をアレンジしているようだ。


 体を洗う場所、と言われた場所に着いた。石造りの長椅子があり、その上にある水瓶の彫刻からお湯がチョロチョロ流れ出ている。そのお湯で長椅子はほのかに温かかった。その横には大きな杯のようなものがあり、お湯が溢れ続けている。


 長椅子のそばには石造りのテーブルがあって、その上には何十個もの石鹸と、畳んだバスタオルが置いてあった。私はまずバスタオルを手に取り、広げて大きさを確認する。これを体に巻けば、と言われたけど、ちゃんと巻けるのかどうか、しっかり体を覆えるのかどうかをチェックした。


 バスタオルは充分な大きさと厚みがあり、ホッとする。辺りをくまなく見回したけど、コーセイ王の姿は見えなかった。


 杯を覗き込むと、中に手桶のようなボウルが入っていた。これでお湯をかけろって事だよね。私はドレスを着たまま、お湯をかけて泥を落とし始めた。


「聞こえるー、ルカ? ここは王族専用の浴場でね。そんな場所に泥だらけの着衣のまま入った奴は、君が初めてだと思うよ」


「私が好きで入ったわけじゃないんですけど! むしろ、私はお部屋でバスタブで入りたかったんですけど」


 私が反論すると、ハハハ、とコーセイ王は楽しそうに笑っている。私は声のした方を注意深く見てみたけれど、柱があって彼の姿は見えなかった。


 私は髪留めやピアス、ネックレスなどのアクセサリーを外し、石鹸が置いてあるテーブルの上にそれらを並べた。犬王国で身に付けていた装飾品となんら遜色の無い……それどころか、目の前にある品々の方が高級品に見える。


 こんな湿気だらけの浴場の中に安易に置いていいような品物は見えない。けど、今の私にはどうしようもないので、見て見ぬ振りをすることに決めた。


 泥も落とせたし、ドレスを着ているところ以外は石鹸で洗えたので、私は覚悟を決めてバスタオルを手に取った。


「なんで私がこんな目に……」


 小さな声で呟く。コーセイ王が子供みたいに自分を浮かせて、とか言い出したのが始まりだ。私もあんな風に魔法を見せびらかすんじゃなかった。


 そう思ったところで、はたと気がついた。

 そうだ! 私には魔法があるじゃない!


 女神様は身の安全のためにって魔法を授けてくれたわけで。それこそ、今が身の安全を図る時だわ。

 私は笑いが溢れるのを止められないまま、この場にぴったりの魔法をイメージした。


「不可視の結界よ、出でよ」


 両手を広げ、私を中心に半径二メートル程度のエリアを結界で覆う。結界の中は柔らかい虹色で、外側からは何も見えないようになっている。


 私はさっさとドレスを脱いで、バスタオルを体に巻き付けた。


「わー、なんだこれ! せっかく見に来たのに!」


 予想通りの展開で、結界の向こう側にコーセイ王の姿が現れた。

 結界の中の私の姿が見えないので、私が彼をじっと睨んでいても、彼はきょろきょろと結界を見回している。


 出会って一日目だけど、確実に分かったことがある。コーセイ王はいたずらっ子みたいな性格をしている。だから、覗かないって言っても、一番見られたくない瞬間に現れるんじゃないかって思ってた。


 その予想は大正解。約束を守らなくても、王を責める人なんて誰もいないんだろうな。だからいつでも好き勝手してるんだろう。


「私が思い通りになると思ったら大間違いですからね」


 私の声を聞いて、コーセイ王は不思議そうに結界の前で中を見ようと覗き込んでいた。

 私は込み上げていくる笑顔を隠さず、にっこり笑って、結界を消した。


「この変態! のぞき魔! 次何かしたらビリビリの刑ですよ!」


 結界が消えた瞬間、目の前にいた私に怒鳴られて、コーセイ王は尻尾をボンっと膨らませて飛び退いた。その仕草が、びっくりした時の猫そのものだったので、私は堪えきれずに笑い出した。

長くなってしまいました。

コーセイ王とルカ編、もう少し続きます。


読んでくださった方から、改行を増やすと読みやすい、というアドバイスをいただいたので改行を増やしております。書いている私もスッキリ見える気がします。

貴重なご意見をありがとうございました。いただいた感想、大切に大切に読み返しています。

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