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第六話・国境の町へ旅立つ

 ヴァイスに置いてけぼりにされ、足場を登れず草むらでのんびりしていたら、荷物を背負った二人の兄弟が家から降りてきた。


「おい、どんくさ! 待たせたな」


 どんくさって、そりゃそうだけど。体育の成績はそんなに悪くなかったんだけど、この猫人たちから見たらそりゃ鈍臭いでしょうね。


 コノエは旅装束というか、出会った時に着ていた白い上下の服に、柔らかそうな皮の腕、胸、すね当てをそれぞれ付けている。ヴァイスは青い上下の服に、すね当てだけつけていた。二人とも茶色いマントを羽織っている。


「お前のぶんのマントもあるぞ、嬉しいだろ」


 ヴァイスが茶色いマントを手渡してきた。受け取ると、すごく軽くてしなやかな革でできている。私のブーツと似ているけど、もっと軽い。早速付けてみると、ふんわり暖かく、丈もちょうど良かった。


「ありがとう! 嬉しい! ……ごめんね、私お金も何も持ってなくて、何もお礼ができないの」


 嬉しすぎると同時に申し訳なさが襲ってきたが、ハッと気づく。こんな時こそあれをやるべきだ。

 そばにいたヴァイスを抱き寄せて、しっかり抱きしめながら、頭をなでなでした。それはもう感謝の気持ちをたっぷり込めて。するとゴロゴロ音とともに振動が伝わってきた。すごい喉を鳴らしてるんだ。

 私より小さい背丈のこの少年が、初めてできた弟の様に可愛くて仕方ない。ふわふわの白い耳も手触りがよく、まるでビロードのよう。ずっと触っていたくなる。


 と、いきなりぐいっと腕を掴まれて引っ張られた。びっくりして相手を見ると、まったく表情がないコノエが、私の腕を掴んで立っていた。


「もう行くぞ」

「あっ、うん、分かった。コノエも、マントありがとうね」


 いきなり現実に引き戻されたヴァイスは、兄の顔を見て耳を後ろに倒して肩を丸めている。これは、なんだろ、うーん、落ち込んでそう。でも私からはコノエの感情が上手く読み取れない。だって本当に無の表情なんだもの。


 三人で歩き始めて、コノエが旅の内容を色々教えてくれた。

 私の足だと一週間はかかるので、途中で乗り物を捕まえる予定でいること。食料や水はつど調達するので、川から離れず移動すること。夜になると、猪の化け物みたいな、様々な化け物が現れるが、それでも猪みたいな凶暴な化け物はあまりいないから安心して良いこと。他の猫種属に会いそうになったらフードをかぶって人間であることを隠すこと。基本的には夜営をするので、体が慣れるまでつらいかもしれないこと。本当にたくさんのことを教えてくれて、国境の町までの旅が楽しみになってきた。


 ちなみに、サバディアを出発する時、来るのではないかと思っていたナラシャが現れなかったので、こそっとヴァイスに聞いてみたら。

「兄ちゃんが、追っかけて来れないようにってぐるぐるに縛って気絶させてたから来ないよ」

とのこと。ヴァイスは小川に落とすし、猫種属にとってこれくらいはちょっとした戯れなのかな? それともこの兄弟が特殊なのか。

 前を歩くコノエの、揺れる尻尾を見て自然と笑顔になる。大好きな猫が、人型になって暮らしている世界。もし戦争や権力争いがなかったら、きっと最高に楽しいだろうな。だって、たった二日だけどお世話になったサバディアは、すごく楽しかったもの。ずっとサバディアで暮らしてもいいんじゃないかと思うくらい穏やかだった。でもこの優しく美しい兄弟にいつまでもお世話になったらダメだもんね。

 女神様、いつか私が二人に恩返しできる機会を下さいね。私も頑張ってこの世界で生きますから。

 両手を握りしめてこっそり心の中で祈った。

 なにも返事はないけれど、きっと女神様には届いているはず。そうだと信じたい。




 サバディアを出てしばらく歩いてから、川沿いで昼食を取り、また歩いて、日が暮れてきた。猫種属は夜目が効く上に夜行性らしく、二人は元気だけど、月明かりが頼りの私は何度かつまづいて、その度にコノエに助けられた。

 二人はまだ歩けそうだけど、私が疲れてきていると感じ取ったらしく、コノエが、今日はここまでで休む、と言い出した。川から少し離れた木々の中、風で揺れる葉の音や虫の声、時折、動物の声も聞こえてきた。


「晩ごはんは、これな。ルカはこういうのが好きなんだろ? 俺たちは肉や魚があって、たまに草が食えりゃいいんだけどな」


 ヴァイスは木の実を渡してくれた。私が前に食べたのを覚えていてくれて、道中、いつのまにか集めてくれていたらしい。ありがとうと笑顔で受け取ると、キラキラした瞳で身を乗り出して私を見つめている。

 これは……なでなでを待ってるみたい。


「ありがとうヴァイス。嬉しいよ」


 可愛すぎるヴァイスの頭をなでなですると、ゴロゴロ言って、少ししたら満足そうに目を細めて離れていった。すみで顔を洗っている。


 人間の夜営なら火を焚くだろうに、キャンプとか、映画ではそうだから、でも猫種属は火を焚かないそうだ。火は嫌いだから極力使わないって言ってた。私も月明かりに慣れてきて、だいぶ見えるようになったと思う。


 ヴァイスは寝るぞーと言って、私に、マントを敷いて寝床にするんだ、と教えてくれた。教わった通りにして横になると、そのままヴァイスも私の横にマントをグイグイ広げて、私の腕を取ってそのままくっついて丸くなる。

 これがもうデフォルトの寝方になったみたい。


 コノエはそばで座って、そんな私たちを見ている。


「コノエは寝ないの?」

「見張りをしてようかと思っていたんだが」

「見張りをしてないと危ないの……? またあの怖い猪みたいなやつとか、ああいうの、出る?」


 私が不安そうにしてるのを見て、コノエはふっと笑った。月明かりで彼の銀髪がキラキラ光ってとても綺麗で。そのまま立ち上がって私のそばに来る。


「俺がすぐ倒したのに、それでも怖かったか?」

「……コノエが来てくれるまでが、ちょっと怖かったかな。あとね、コノエがもし来てくれてなかったらと思うと、怖い」


 正直な気持ちを話した。するとコノエはそのまま私の真横に寝転んで、息がかかりそうなくらい近くに顔を寄せてきた。体はもうくっついている。反対側ではヴァイスが丸くなって寝てるから、私は仰向けのまま顔だけコノエの方に向けている状態になる。


「こうやってるから、安心して寝ろ。何か近づいてきても、俺は寝ていても気付くから。お前はなにも心配せずに休め」


 そう囁く彼の息は不思議と甘く、私はふと飼っていた猫の吐息を思い出した。猫特有の香り。目を閉じれば、目の前にいるのは猫だと思えるけど、現実は、猫耳のついたイケメンがいる。

 休めって言われても、こんな近距離でコノエがくっついていると、それだけでドキドキして心拍数は上がりまくるし、眠気は遠のくし、体は緊張しちゃう。


 コノエはそんな私にお構いなしに、私の手を取って、自分の顔に持っていく。そして私の手に頬ずりした。少し冷たいけれど、陶器のようにつややかな肌に触れると、触り心地が良い。私はついそのまま、彼の顎下を無意識に撫でていた。


 ゴロゴロ……ヴァイスと同じ、喉を鳴らす音が響き渡る。


 その音が猫らしさをより感じさせてくれて、私は緊張がほぐれて笑顔になる。するとコノエは真顔で私の顔をじっと見つめていた。


「生まれて初めて、喉を鳴らした。こんなに心地良いものなんだな」


 コノエはそう囁いてから、目を閉じた。私は手を戻そうとしたけど、彼が掴んだまま離さないので、彼に任せて力を抜いた。

 誇り高く、しなやかで強いこの猫人が、時々こうしてくっついてくるのが、私の心臓には悪い。彼が何を思ってこうやってくっついてくるのかが、全然分からないから。

 ふと、ヴァイスがうーんと寝言を言って身じろぎした。私は彼の頭を撫でながら、なるべくコノエの方は意識しないようにしながら眠りに落ちた。

急いで書き上げました。眠くて途中何回か意識が飛んでいきそうになったんだけど、どうしても、ここまでは書き上げておきたいという一心で。

読んでくださる方がきゅんきゅんできますように。

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