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第五十九話・王と水蓮、そしてウィル

「コーセイ王も、ですか?」

「うん。ルカの魔法で僕も浮かせてよ」


 私はちょっと悩んでから、自分は地面に降り立って、コーセイ王の隣に立った。上手く浮かせられるかな……私の魔法って、自分がイメージした事を現実にする力みたいなものだから、コーセイ王をふんわり浮かせるイメージがしっかりできないと。


「ちょっとやってみますけど、上手くできないかも」

「失敗しても良いよ! だからやってみて」


 子供のように目を輝かせて、期待で胸を膨らませている。狡猾な猫人の王とは別人のようなコーセイ王の姿を見て、ずっとこのままの彼だったら良いのにと思った。

 そっとコーセイ王の黒いローブに触れて、「浮かんで」と念じる。


「わーい! 浮いてる!」

 地面から十センチくらい、ふんわりとコーセイ王が浮いた。

 今のところバランスは崩していない。


「じっとしててくださいね」


 コーセイ王がバタバタ動いたら絶対落としてしまいそう。だんだん変な汗が出てきた。王の体が五十センチくらい浮いたところで、私は手が震えだした。


「もう下ろしますね」

「えー! もっと浮かんでいたいよ」


 私が下ろそうとした時、恐れていたことが起きた。コーセイ王が空中で大きく動いたので、私のコントロールが崩れて、王の体が急に横へ吹っ飛んだ。うわぁ、どうしよう! 焦って魔法を止めようとしたら、そのままプツンとなにかが切れるような音がして、コーセイ王は真下に落ちた。


 水連の池の中に。


 私は叫び声を上げながら、慌てて池に飛び込んだ。でもよく見たら、池は全然深さがなく、コーセイ王は池の中でお尻をついて笑っている。せいぜい五十センチあるか無いかの浅い池だ。ただ、下は泥があるので非常に動きづらいし、泥だらけですごく汚れる。


「ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」


 私はなんとかコーセイ王のもとへ辿り着き、王の手を掴んで引っ張り上げようとした。王は上手に落ちてくれたようで、頭は全然濡れていなくてほっとする。

 王は私の手をぐっと掴み返してきた。立たせようと引っ張るけれど、びくともしない。


「あはは、こんな面白いこと、久しぶりだ!」

「何を言って……」


 笑ってる場合じゃないでしょう、そう言いかけた私を、王はぐっと引っ張って自分の方に引き寄せた。


 ばしゃん! と大きな音を立てて私は前のめりに池の中に倒れた。私の上半身はコーセイ王が抱きしめるように抱えてくれたので汚れなかったけれど、下半身は膝をついた形になって泥の中。しかもそのせいで池の泥水が跳ねて、私も王も顔に泥が飛んでいる。


 私は呆気に取られてただ目の前の猫人の王の顔を見つめた。まつ毛が綺麗、眉もキリッとしてるし、彫りが深めで彫刻みたい。

 それに私の大好きなメインクーンの大きな耳が、気持ち横に倒れている。なんだろう、この耳の位置。


 不思議に思ってコーセイ王の表情をじっと見ていると、彼はいきなり明るい笑い声を上げた。


「こんな風に遊ぶなんて、最高だよ! ルカ、ずっとそばにいてよ」


 言うなりコーセイ王の顔が迫ってきて、唇に柔らかいものが触れた。私は慌てて立ち上がろうとしたけど、王に抱きしめられていて身動きが取れず……。恥ずかしさと困惑とで、顔がひどく熱くなるのを感じた。


「とりあえず、池から出ませんか……? 水蓮も私たちに踏まれて可哀想ですし」

「ふふ、そうだね。せっかくのドレスもドロドロ。これから一緒に湯浴みしようか」

「はぁ?」


 一緒に湯浴みって。もう混乱しすぎて変な声を上げることしかできなかった。





 ウィルは岩壁に身を寄せ、じっとしていた。腹立たしいが、コノエという猫が予言した通り、ルカを連れ去った傭兵団に追いつくことはできなかった。


 今、ウィルは猫王国の王都モンティグリースの東門のそばにいる。門番から見えない位置の岩壁に身を隠していた。


 聴き慣れた足音がし、振り返るとルーカスがこちらに向かって来ていた。手には水の入った皮袋がある。

 ウィルの隣に腰を下ろすと、皮袋を渡してきた。


「念のため水分補給は済ませておけ。お前の伝手が本当に信用できるか分からないし、覚悟して行かなければ」

「まぁ、僕の伝手がダメでも、とにかく王宮まで行って捕まればいいよ。王都の方ではなく、王宮の牢屋に入れられれば、ね」

「相変わらずの楽天家だな」

「それが僕の魅力だからね。何があってもルカ様のことは絶対助ける。ルーカスだって王の命令は絶対だからここまできたんでしょ?」


 ルーカスはガウディ王から、ルカの身を守るように言われている。それだけではなく、王妃になるかもしれない大切な女性だから、ありとあらゆる危険から守るようにと言われていた。


「大失態だよね、僕たち」

「そうだな」


 ルカは猫傭兵団に拉致され、猫王国の王宮まで連れて行かれてしまった。王の命令を何一つ守れていない。学院を卒業し、王の近衛騎士になってから、失敗したことがなかったルーカスにとって、今回の出来事は初めての大失態に当たる。


「これから取り戻せるかどうか、お前にかかっている」

「外交官の手腕を見ていてよ」


 ウィルはおどけて見せた。

 二人はフードを目深にかぶり、覚悟を決めて東門へ向かう。その足取りは重たいが、ルカを救出するための決意のこもった一歩一歩だ。


 二人が東門にたどり着くと、猫人の門番が出てきた。ひょろりとした体つきの猫人で、大きな目が疑いの色でいっぱいだ。


「お前ら。猫人じゃないだろう……こんなところに犬野郎が来て良いと思ってるのか、あぁ?!」


 チンピラ然とした門番にウィルが苦笑している。


「僕を忘れたのかい? 君に虫をプレゼントしたのに」


 ウィルが一瞬だけフードを下ろし、門番に自分の顔を見せた。すると門番は、あ!! と声を上げる。

 それから、疑いの目はやめて、擦り寄るように近寄ってきた。


「これはこれは、犬王国の騎士様じゃないですか」

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