第五十八話・猫王との対話
ワンシーズンって何だろう? その季節だけってことだよね。私はヴァイスから聞いた猫人の恋愛事情を思い出した。確か、子供を作って、子育ての間だけ一緒に過ごして、その後はまた別のパートナーと子作りしたり自由に選べるんだよね。
ということは。ワンシーズンって。
「もしかして、私と、こ、子供を……」
恐れ多くて言葉が出てこない。
どもる私を笑顔でコーセイ王が見ている。気取ってない笑顔はやっぱり幼さを感じるなぁ。コーセイ王の年齢が気になるけれど、聞けるような雰囲気ではない。機会があったら忘れず聞いてみたい、と思うくらいの余裕はまだある。
「そう! ルカと僕で子作り、子育てしようってこと。僕、ルカのことを一目見た瞬間からとっても気に入ったんだ。しかも女神の加護があるニンゲンで、犬王国でも崇拝されているでしょう? そんなルカが王妃になったらすごく楽しくなると思わない?」
「ど、どう楽しくなるんでしょうか?」
「まず、犬種属皆んなが悔しがって地団駄を踏むよね。ふふ、あの澄まし顔の犬王が悔しがる姿、見てみたいなぁー。それから、戦争の抑止力にもなるね。もしかしたら僕たちの結婚で、犬猫両種属の友好の道が拓けるかもしれないよ。それに、僕は一目惚れした女性を王妃に迎えられて、しかもメリットだらけの結婚が出来て、最高に幸せになれる。嬉しすぎて奴隷をみんな解放したくなるくらい、ね」
ああ、目の前で優しく笑う美男子は、とても狡猾で、打算的、そんな性格なんだ。子供のように幼い振る舞いをしていたのも計算。優しくしてくれたのも計算。私は騙されて素直に良い猫人だと思っていた自分を殴りたくなって頭を抱えた。
「私……コーセイ王のこと誤解してました」
ぼそり、と呟く。え? と彼は聞き返してきたので、私はばっと顔を上げた。
「あなたのこと誤解してた! もっと純粋で優しい方なのかなって思ってた」
「そういう面もまだ残っているかもしれないよ。でもね、ルカ」
コーセイ王は席を立って私のところに歩いてきて、片手で私の顎を掴んで自分の方にしっかりと向かせた。彼の口元は笑っているけれど、目は大きく見開かれていて全然笑ってないのが分かる。
「狡猾じゃないと猫の王は務まらない。気を抜けば、弱みを見せれば、直ぐに王の座から引き摺り下ろされる。それがこの国なんだよ」
コーセイ王の囁くような言葉を聞きながら、私は真先にマトヴェイを思い浮かべていた。
二人のやり取りを側で見ていてすぐに分かった。二人は不仲だし、マトヴェイは表面上はコーセイ王に従っているように見えるけれど、実際は全然王のことを立てていなかった。コーセイ王は嫌味を連発していたし。
「あ、ロシアンブルーのデブ猫のこと考えてるでしょ?」
片方の口の端を上げて、意地悪そうに笑いながらコーセイ王が言ってくる。
デブ猫って……もちろんマトヴェイのことだと思うけど。
「仲が悪そうでしたね」
「ふふ、そんなことはないよ。あれでも我が国の宰相だからね」
「え!?」
私は思わず声を上げた。マトヴェイが宰相……? 私の脳裏にガウディ王とイエーツ宰相の二人が浮かぶ。二人の信頼関係は厚く、国政やトラブルについて話し合う時もすごく息が合っていた。
犬王国では対立や策略なんて無かったのに、猫王国の王と宰相は真逆なんだ。
私は急にこの大柄な猫人が可哀想に思えてきた。
「孤独なんですね」
猫人の王はその威厳ある美しい姿でうなずく。私の顎に手をかけたまま、見つめ合ったままで。
「だから、ルカに王妃になってほしいの。君は素直で真っ直ぐだから。僕の王としての地位も固まり、戦争も回避でき、お互いにメリットしかないと思うんだ」
確かに。この猫人が戦争反対で、かつ女神様のことを信じているのなら、この猫人が王であり続ける事こそが、私の目的と合致するのかも。
でも、出会ったばかりで本当に信用できるのかが分からない。
私が不審がっているのに気付いたのか、コーセイ王は困ったような顔をした。
「ねぇ、信じてよ。打算以上に、ただルカにそばに居て欲しいんだ。地位や権力、金目当ての女しか周りに居ない僕にとって、ルカがどれほど眩しいか」
私はその言葉を鵜呑みにできず、じっとコーセイ王の顔を見つめた。するといきなり、彼は私の腰に手をかけて、私を椅子から持ち上げた。赤いドレスがふんわりと広がる。一瞬、天井に向けて私を持ち上げてから、そっと下ろしてくれた。まるで高い高いをされた子供のようだ。
「やっぱり赤いドレスがすごく似合うね。そうだ、少し歩きながら話そう。ルカがどうやって猫王国に連れて来られたのかも気になるしね」
そう言って、私の手を掴んでそのまま強引に歩き出す。テーブルに並べられている料理たちは、ほとんど残ったままで、申し訳なくて心の中で謝っておいた。
温室の中を歩くと、今度は人工池があり、水蓮の花が咲いていた。可愛らしい丸い大きな葉っぱが水の上に浮いていてすごく可愛らしい。ピンク色の花もとても綺麗だ。よく見ると水の中に小さな魚の姿もある。
私は花を見て和みながらも、本題に入った。
「王はバルトーの町で起きた事を知っていますか?」
「うん、それなりには。マトヴェイが裏で糸を引いているのは間違いない」
「あなたは関係無いんですか?」
「もちろん。やっと和平を結んだのに、それを壊すような真似をして犬王国に追及されるなんて御免だもん。それで、ルカはどうやってこの国に来たのさ?」
私は負傷者を助けるためにバルトーへ来たこと、宿で猫傭兵団に拉致されたこと、キザリハとマトヴェイがグルになって私を殺そうとしたことを簡単に話した。
途中からコーセイ王の尻尾がバンバン音を立てて床を叩き始めたので、本当に何も知らなかったんだと分かった。演技で尻尾を動かすなんて、そんな真似はさすがにしないよね。
「ルカ、本当に大変な思いをさせてしまったんだね」
「馬に二つ折りになって揺られるのが一番辛かったです」
「そりゃそうだ。怪我がなくて本当に良かったよ。ルカに失礼を働いたその傭兵は僕がなんとかしよう」
「あ、キザリハならもう十分痛い思いして寝込んでいると思います」
私が魔法を使ってキザリハを吹き飛ばした話をしたら、コーセイ王は好奇心からか瞳をキラキラさせて話を聞いてくれた。
やっぱり、幼さが残ってる感じがする。
「魔法! さっき見た、浮いていたのもそうだよね? いいなぁ、もっとたくさん見せて欲しい」
せがむように言ってくる姿は、まるでルゥのような可愛らしさがある。
私は思わず笑顔になって、ほんの少しだけ宙に浮いて見せた。
人工池の上をふんわりと浮きながら進んで見せる。
「ねえ、僕もやりたい!」




