第五十六話・身支度と猫人の侍女たち
「とりあえず、お話する前に着替えようか」
コーセイ王に言われて私は自分の体を見る。ボロ布にしか見えない服は、擦り切れて、所々には血がついている。もれなくセットで泥や埃も付いていた。そりゃそうだ、キザリハに拉致されてアジトっぽい所で寝かされて、馬に二つ折りになって拉致されて、森では地べたに横になったし、馬車の荷台も汚かった。
理由はあれど、この優雅で美しい猫人の王の前でこんなみすぼらしい格好をしている自分が、急に恥ずかしくなった。
私は自分がいたたまれなくなって、そっと服を両手で隠した。
「大丈夫だよ、君に似合う素敵なドレスを見繕ってもらうからね。サフィア!」
コーセイ王が名前を呼んだ途端、人影がサッと現れた。今まで全く気配は無かったのに。辺りには植え込みや茂みがあるけれど、まさかそこに隠れていたのかな。
見れば、錆のような赤毛をした女性の猫人だ。私を目が合うと、少しだけ笑ってくれた。目を合わせるのを嫌うはずの猫人が、珍しい。
サフィアと呼ばれた猫人は、は白い軍服を着ていて、腰には剣を差している。侍女ではなく近衛騎士なのかな。私より少し年上に見える顔は、文句の付け所がないような美人だ。
「ルカの支度を整えてきて。僕好みにしてね」
サフィアはスッとうなずいて、私の手を優しく取ると早足で歩き出した。慌てて付いて行きながらコーセイ王を振り返ると、笑顔で片手をひらひら振っていた。
猫王国の首都にあるであろう王宮は、犬王国の王宮よりずっと華美だった。
犬王国ももちろん大きな石造りで素晴らしいのだけれど、こちらのは、無駄に装飾が多い。さっきのマトヴェイって奴の部屋もそうだけど、とにかく派手な調度品が目を引く。
豪奢な飾りの施された壁に、天井には美しい壁画、それにシャンデリア。高そうな壺に活けられた草花、動物の剥製には赤いビロードに金の刺繍が施された掛け物がついているし、歩きながら色々な物に目を奪われる。
「こちらです」
手を引かれて案内されたのは、三人の侍女が待っている部屋だった。部屋の隅には湯気の上がった金の猫足付きバスタブまである。ああ、これは犬王国で同じように身支度を整えた事を思い出してしまう。
「お支度が終わったら、お迎えに上がります」
サッと一礼し、サフィアは下がって行った。残るは私と三人の猫人侍女。三人ともメイド服を着ていて、じっと私を見ている。無表情で見られているので、どうしようと困惑する。
「失礼します。お召し物を脱いで下さい」
一人が痺れを切らしたようにやってきて、私の服を脱がせ始めた。
とても逆らえるような雰囲気ではなかったので、大人しく従うことにする。あっという間に裸にされ、バスタブに押し込められる。バスタブのお湯は白く濁っていて、バラの香りがした。
「頭を洗わせていただきます」
一人が私の頭を洗い始めた。バスタブの縁にもたれて、されるがままになる。他の侍女は私の手や足を洗っている。そんなに? ってくらい、念入りに。ちらっと見たら大きい歯ブラシみたいな毛のついたブラシで爪のキワや指の間まで隈なく洗っている。
頭も三回目のシャンプーをしているところだ。
そういえば、ヴァイスはお風呂嫌い! シャンプーなんて興味ない! って感じだったのに、同じ猫人でも違うのかな。
無表情に作業を続ける侍女たちに、勇気を出して話しかけてみた。
「あの、すごく丁寧に洗うんですね」
話しかけた侍女がハッとして私を見てから、すぐに目線を作業している手許に戻した。
「すごく汚れていらっしゃるので。どうしたらこんなに汚れてしまうのか想像もつかないほどです」
「それは……ごめんなさい」
キザリハに拉致されて酷い目に遭った、とは言えないので、とにかく謝ることにした。すると、何故か侍女の顔が少し明るくなり、無表情だった顔がほんのり笑顔になる。
「謙虚な方は好きですよ。私たちは尽くすのはあまり好きではありませんが、あなたを磨き上げるのは楽しくできそうです」
まぁ、なんと自由奔放な物言いなんだろう。犬王国でお世話になったメイドさんたちと大違いだ。犬人のメイドさんたちはとにかく一生懸命に尽くしてくれたし、褒められるのが幸せ! って感じだったのに。
こちらの侍女たちは、仕方なく働いている感を隠さないし、仕事の好き嫌いもあるみたい。
自分で考えていてふと気付いた。そうだわ! 猫だもの、犬と違って仕事をするようなタイプではないよね。自由気ままに生きるのが猫らしさ。さっきの物言いも猫らしいセリフだわ。
「そうですよね。皆さんの好きなようにやってもらえればいいので」
「あら、いきなり緊張が解けましたね。ニンゲンさん」
「ルカと呼んでください」
さっきまでは猫王宮の侍女たちに緊張を隠せなかったけれど、猫三匹にお手入れしてもらってる姿を想像したら思わず笑いが漏れて、緊張が解けた。
私が名乗ると侍女たちは顔を見合わせ、ニコリと牙を見せながら笑ってくれた。
それからは彼女たちの自由気ままなお喋りを聞いたり、時々混ざりながら、身支度を整えてもらった。
犬王国で着ていたドレスはパニエでふんわりさせたロングタイプか、膝下の長さだったんだけど、猫王宮では全然違うドレスが用意されていてびっくりした。
侍女がニヤリとしながら持ってきたのは、鮮やかな深紅のミニ丈のドレス! オフショルダーで、肩と胸元はレースで彩られ、宝石が散りばめられている。太腿の半分は出てしまいそうな短い丈で、シルクのような艶やかな生地だ。
「こ、これを着るんですか……?」
「そうですよー、ほら見て胸元の宝石。アクアマリン。コーセイ様の瞳の色ですよ、うふふ」
「コーセイ様が『僕好みにしてね』って言ったんでしょう? ドキドキしちゃいますね」
「ルカが湯浴みしてる間に急いで仕上げたんですよ、このドレス。こんなにコーセイ様に愛されてずるいくらいです」
三人の侍女が好き好きに喋っている。だんだんと打ち解けて分かったのは、彼女たちは最初は人見知りでも、実際はすごく人懐っこくてお喋り大好きなのだ。
「あの、私まだここに来て数時間しか経ってなくて、王とも出会ったばかりなんだけれど。こんな贈り物をいただくような間柄ではないし、ただ話をする前に小綺麗にして来いって言われただけで……」
慌てて言うけれど、三人はにやにやして私を見ている。
「じゃあコーセイ様の一目惚れじゃないかしら?」
「きっとそうですよ。ちょっとわかる気がします。ルカってすごく落ち着くもの」
「ニンゲンって不思議ですね。温かい手をずっと触っていたい」
一人が私の手にすりすりしている。猫の仕草そのままなので、思わず彼女の顎下から頬にかけて、自分の猫にするようにそっと撫でた。するとうっとりと瞳を閉じ、耳を少し垂らしてリラックスしている。
「何それ! 気持ち良さそう」
「私もやってください!」
「ダメ、私がやってもらってるの」
賑やかになってきたけど、ふと一人が手に持ったままの赤いドレスに目を落として、気まずそうに笑った。
「やばいわ、早く支度を終えないとサフィア様に怒られちゃう」
サフィアのことはかなり怖いらしく、耳を倒して悲しそうにしながら慌てて私にドレスを着せて行く。私には拒否権がないので、仕方なくされるがままでドレスを着てみたけれど、これは……。
高校の制服より短いかも? 制服なら慣れてるけど、ドレスなんて今まで無縁だったもので、しかも赤、しかもこの短さ。
「は、恥ずかしいんですけど」
足もそうだけど、肩も出てるし、鎖骨が丸見えだ。恥ずかしくてもじもじしていると、三人は私を爪先から頭の天辺まで見てにやにやしている。
「カモシカみたいで美味しそうな足ですよ!」
「それに肩も腕もふんわり綺麗な形してる。私たちとちょっと違うんですねニンゲンって」
「素敵です、ルカ。もっと自信持って。私たちがあんなに頑張って支度したんだから、美しいに決まってるしね」
これでコーセイ様もイチコロね、とか好き勝手なことを言って盛り上がっている。
誰を見ても美女しかいない猫人の女性に褒めてもらえたのは嬉しいけれど。こんな派手なドレスで本当に似合ってるのかな。
困っていると、ドアがノックされ、扉の向こうから声がした。
「陛下がお待ちです。支度はまだですか」
サフィアの声だ。イライラしているのが伝わってくる声のトーンだったので、三人はバツが悪そうにして、急いで扉を開けた。
「お待たせしました」
先ほどまでの楽しげな振る舞いはどこへやら、私が初めて会った数時間前のような無表情に戻った三人が、サフィアを部屋に招き入れた。
「あの、本当にこの格好で良いんでしょうか?」
おずおずと話しかけた私を見たサフィアが、瞳をまん丸にして動きを止めた。
ーーやっぱり似合ってないんだわ。孫にも衣装ってことわざがあるけれど、それにも当てはまらないレベルなんだろうな。恥ずかしくなって俯いた。
下しか見えない視界の中に、スッとサフィアの足が入ってきて、次の瞬間、片膝をついて私を見上げてきた。モデルのように綺麗な女性にひざまずかれて、私の方が恥ずかしくなる。
だけど、サフィアは至って真面目な顔をしている。
「とてもお美しいです。陛下の喜ぶ顔が浮かびます」
冗談かお世辞を言ってるのかと思ったけれど、サフィアの顔はずっと真剣なままだ。
私がもじもじしていると、サフィアは私の手をうやうやしく取って立ち上がった。
「女性の私でなければ陛下が嫉妬で狂っていたでしょうね。さぁ参りましょう」
颯爽と歩き出すサフィアに連れられて、私も歩き出す。侍女三人にお礼を言わなきゃと思って振り返ると、三人は窓枠に腰掛けてリラックスしながら、笑って私に手を振っていた。
遅くなってしまいました。猫人侍女三姉妹登場です。また出てくるのでお楽しみに。




