第五十三話・コノエとウィルとルーカス
ウィルとルーカスは必死に猫傭兵団の跡を追っていた。
二人とも多少なりとも追跡の心得はあるものの、相手は慣れた様子で痕跡を消していたので、予想以上に時間がかかっていた。
「夜目が効かないのが腹立たしいな」
「ああ、それに臭いも追いにくい」
二人とも苦しげに呟くながらも、追跡はやめない。二人とも馬から降りて、痕跡を探すので精一杯だ。猫王国へ向う街道から大きく逸れた森の中、方角的に猫王国へ向かっていれば痕跡が見つかるはずだと信じて頑張っている。
ウィルは焦りから息遣いが荒くなっていた。ルーカスはその音に苛々していたが、それを指摘してまた喧嘩になるのは避けたいので黙っていた。二人とも喧嘩をした後のボロボロの体で動き回り、かなり疲労が溜まっていた。
「……ルカ様にもしものことがあったら、猫ども皆殺しにしてやる」
ウィルの物騒な呟きも、夜の闇に吸い込まれて消えていく。
もう少しで夜が明ける、そうすればルーカスは本来の追跡能力を発揮出来るだろう。今は荒れ狂っているこの騎士のことは触れないようにしよう。
その時、ウィルに比べると冷静なルーカスが、わずかな臭いに気づいた。
「ウィル、猫の臭いだ」
小さい声でウィルに伝えると、彼の目の色が変わった。
「よく気付いたな、お前の方は使えそうだが、もう一匹はダメだ」
二人の背後から声がして、反射的に振り向くと、高い木の上に黒装束の猫人がいた。月明かりで輝く銀髪と、大きな白い耳、そして水色と金色の左右で異なる瞳。
ルーカスはその猫人を観察しようとしたが、ウィルは間髪入れず、猫人に向かって投げナイフを投擲した。
猫人はわずかに身を逸らし、ナイフを避けると思いきや、目で追えない程の速度でナイフを掴み取った。一瞬のことで、ルーカスもウィルも、この猫人が相当な手練れであることを悟って身を固くする。
「……ルカのことを追っているんだろうが、ここはもう猫王国だ。犬人が居ていい場所じゃない」
「お前は傭兵団の一人なのか?」
「違う」
「では何者だ」
「ルカを守る者」
ウィルは背中の毛を逆立てて、目の前の猫人に怒りを露わにしながら、じっと話を聞いていた。ルーカスの方が幾分かは冷静だと分かっていたので、話すのはルーカスに任せていた。
猫人は優雅な仕草で髪をかき上げ、上から二人を見下ろしている。
ウィルにはこの猫人の話に心当たりがあった。詳しいことは教えてもらえなかったが、ルカが話してくれたのだ。親切な猫人に助けてもらった、と。そのおかげでビラタに行くことができ、国境を越える乗合馬車でウィルと出会えた。
「お前達はすぐ自分の国へ戻れ。ルカの事は俺に任せろ」
猫人は冷たい目つきでウィルとルーカスを交互に見、ルーカスの方に視線を落ち着かせた。ウィルは興奮していて話にならないと判断したのだろう。自分を無視されたように感じたウィルが、激しい唸り声を上げた。
「何よりも大切な人を、見ず知らずの男に任せる男がどこに居る?」
ウィルの言葉に、猫人は唇の片端をわずかに上げた。笑った、のだろうか。
猫人は音もなく、二人が立つ大地に降り立った。
「俺はコノエ。ルカがこの世界に来てすぐに出会い、犬王国へ行くようビラタまで連れて行った」
「やはりそうか」
「そうかというのは? ウィルはこいつを知っているのか?」
ルーカスが不思議そうに聞いてきた。名前を名乗ったコノエに対し、警戒を少しだけ解いている。ウィルは目線はコノエに向けたままで口を開いた。
「ルカ様から聞いたんだ。助けてくれた猫人がいた、と」
「それがお前ということか、コノエ」
ルーカスが名を呼ぶと、猫人は冷めた目で二人を見て一瞬だけうなずいた。
「俺は犬王国の騎士、ルーカス、それにウィルだ。名乗られれば、名乗りは返す」
ルーカスが自分達の名を明かした。
ウィルは目の前にいる猫人が気に入らず、隙あらば攻撃して取り押さえようと考えていたが、コノエには隙が一切無かった。
「俺はルカの安全を最優先に考え、犬王国へ送り出した。だからお前達も分かるべきだ。お前達がルカを追い猫王国へ深入りすれば、ルカの足枷になりかねない。そうなる前に、犬王国へ戻れ」
「一体何を言ってるんだ? 猫傭兵団に追い付き、ルカ様を助ければ済む話だろう」
「残念ながら、お前達の足では追いつけない。追いつく前に、ルカは猫王国の王都に着く。そうなればお前達は手出しできなくなるどころか、捕らえられる」
何故このコノエという猫人は分かったような口を利くのか。ウィルは苛立ちが募り、ルーカスは対照的に冷静になってコノエを観察していた。先ほどの身のこなし、只者ではない。犬王国随一の腕を持つルーカスと同格か、それ以上かーー認めたくない考えを振り払うかのように、ルーカスは首を振った。
「もう追いつかないというのは真実か?」
ルーカスがひどく落ち着いた声で聞いた。
「ああ。奴らの移動は速い、その上痕跡を残していない。夜に能力を発揮できない犬人には不利だ」
「お前の足なら追いつけるというのか?」
「追いつけるどころか、さっき、助けようとしてきたところだ」
「!? では何故ルカ様を助けなかった!?」
ルーカスとコノエの会話に、ウィルが割って入った。
コノエははぁと小さなため息をつく。
「ルカが望まなかった。黒幕を突き止める、戦争を二度と起こさせないために自分がやる、と」
いかにもルカが言いそうなことだ。
その言葉を聞いて、急にウィルが脱力し、ふふ、と小さな笑い声を上げた。コノエに対する複雑な感情がスッと落ち着き、いつもの自分らしさが戻ってきたような感覚だ。
「ようやく分かったよ、コノエ。わざわざ忠告ありがとう。でも、僕達は引き返しはしない」
ルーカスもその言葉にうなずいた。ルカが捕らえられているのに自分の国に帰るわけがない。
コノエはやれやれと尻尾を左右に振り、二人に背を向けて歩き出した。
「忠告はしたぞ。それに、足枷になるな、とも言ったからな」
言うなり、コノエは音を立てずに木の上に飛び乗り、そのまま消えて行った。
「……すごい手練れだったな」
「ああ。あんな奴が偶然でもルカ様と出会っていたなんて」
ウィルとルーカスは顔を見合わせ、息を吐いた。コノエが居る間ずっと、いつでも戦闘態勢に入れるよう身構えていたのだ。ようやく緊張を解く。
「それで、どうする? コノエは嘘を言っているようには見えなかったが」
「だからと言って真実かどうかは分からないよね。とにかく追跡を続けよう。もし追いつけず、ルカ様が猫王国の首都に入ってしまったらーー」
「俺達は首都へは入れないはずだ。和平後も猫人は犬人を毛嫌いしているからな」
ルーカスは猫人の犬嫌いを思い出して渋い顔をした。コノエが言っていた通り、うろうろしようものなら通報されて猫衛兵の大軍に囲まれてもおかしくない。
しかし、ウィルは対照的に不敵な笑みを浮かべている。
「僕は先月、首都に入ったよ。そう、和平使節団の一員としてね」
ああ、そうだ。ルーカスは目の前の男を見て思い出した。この男は、見た目とフレンドリなー性格と腕をセットで買われ、イエーツ宰相が派遣した使節団の一員となっていたのだ。
「使節団で得た伝手があるよ」
ついにコノエとウィルが遭遇しました。




