第五十二話・コノエふたたび
ひと月ぶりか、それ以上か。
数えていなかったからはっきりとは分からないけど、久しぶりに会ったコノエは、相変わらず端正な顔に美しい銀髪で。懐かしさで胸がギューっとなる。
嬉しさでニコニコしている私とは対照的に、コノエは驚いたように目を見開いて、私の頭に触れた。どうしたのかと思ったけど、血がついているのに気がついたんだろう。瞳孔が開いて、尻尾がボンっと膨らんだ。怒っているみたい。
私はとにかく口輪をとって欲しくて、寝ている傭兵をチラチラ気にしながら、コノエに口輪を突き出した。すぐ気づいて、頭の後ろにある結び目をほどいてくれる。
「……ハァ、ありがとう」
ようやく自由になった口は、長時間きつく巻かれていたせいでヒリヒリした。たぶん見てもわかるくらいだったのだろう、コノエが心配そうに私の口元に触れてきた。
でも、みるみるうちにヒリヒリした感触が消えていく。それと同時にコノエがびっくりしているのが分かった。自然に治癒する瞬間を見たら、びっくりするよね。ちゃんと説明したいし、話したいことがたくさんありすぎる。
寝ている傭兵たちに気付かれたら困るけど、コノエと心置きなく話したい。その願いを叶えたくて、私は頭の中で魔法を思い浮かべて、小さく唱えた。
「守りの結界、音を遮断せよ」
縛られている私の掌から、ふんわりと丸い光が広がって、私とコノエを包み込む。ドーム状になったそれが、ほのかに光っていた。コノエは目を見開いて見ていたけど、私が落ち着いているからか、取り乱したりはしなかった。
「コノエ! もう大丈夫、喋ってもあいつらには聞こえないよ」
私が普通に喋ると、コノエは焦って私の口を塞ごうとした。でも私の声に傭兵達が全く反応しないのを見て、納得したようだ。
私の目を真っ直ぐに見て、少しだけ微笑んでくれる。
「怪我は大丈夫なのか?」
「うん、女神様のおかげで、怪我してもすぐ治るの。だからこの血も心配ないよ」
「そうか」
コノエは私の頭を撫でて、安堵の表情を浮かべた。たった数日間、一緒に行動しただけ。その後一ヶ月くらい離れていた、なのに、なんでだろう、コノエと居るとすごく落ち着く。
「お前の噂はこっちにも届いていた。魔法が使えると……」
「そうなんだよ、びっくりしたでしょ? あの後、犬王国の大神殿で女神様に会えて、魔法が使えるようになったの」
「犬達が流したデマだと思っていたが、本当だったんだな」
「そうだよ。口輪さえなければ、こいつらに捕まることもなかったんだけどね」
私はコノエがまだ手に持っている、私に巻かれていた布に目を落とした。私のよだれで濡れているので、持っていて欲しくないなと思い、コノエの手から布を奪い取った。
「ルカ。このまま抜け出すぞ」
「コノエは私を助けに来てくれたの?」
私が嬉しそうに聞くと、彼は尻尾をぱしんと地面に打ち付けて、腕を組んだ。
「それ以外に何がある?」
「そうだよね。ありがとう。でも、どうやって知ったの、私が拉致されたこと! 私の護衛騎士もまだ追いついてないのに」
「猫人の動向なら俺の耳に入る。元々、こういう世界にいたから」
「こういう世界って?」
「傭兵だったんだ、戦争中」
コノエの言葉を聞いて、ヴァイスが言っていた言葉を思い出した。「兄ちゃんは翡翠戦争の時の……」って。いつかこっそり聞いてみようと思っていたのに、聞けないまま離れてしまったけれど、そういうことだったのね。
きっと凄腕の傭兵だったんだろうな。このなんたら傭兵団の夜営にもすんなり忍び込んでるし。この傭兵団のレベルが高いのか低いのか私には分からないけど、見張りもせずみんなで寝てるのはある意味すごいよね。
納得してうんうんしていると、コノエは急かすように私の手を掴んだ。
「積もる話は後で。今はこいつらから離れないと」
ああ、なんかコノエが王子様みたいに見える。夜闇に紛れるために上下黒の服を着ているけれど、月光で光る銀髪に、珍しいオッドアイ。私の手を取ってくれるところなんか王子様そのもの。
でも、私はその手を空いている方の手で掴んで、そっと離した。
「せっかく助けに来てくれたのにごめん。私、逃げないでこいつらと居るつもりなの」
「は?」
コノエは驚きすぎて意味が分からないを言わんばかりの顔をしている。尻尾が苛々と左右に激しく揺れているのが見える。
「黒幕を突き止めたいし、猫王国の動向も知りたいの。戦争を二度と起こさないようにするのが私のやるべきことだって思ってるから」
「こんな細い肩で、そんな大それたことを言うのか、お前は? 治ると言っても怪我をさせられ、酷い扱いを受けているのに」
コノエは怒ってるなぁ……と思ったけれど、次の瞬間、ふわっと優しく私を抱きしめてきた。久しぶりなのに懐かしくて落ち着く。そして私の頬に頬ずりをした。怒ってるいないことに安堵しながら、口を開く。
「今逃げたら、何も変わらないでしょ。女神様がこの世界に関われないように神殿を破壊してる奴も居るらしいし、また戦争を起こそうとしてる奴もいるって聞いた。私が動かないとダメなんだと思うから、ちょっと頑張って、このまま捕まって、黒幕を見つける!」
「そうか……」
コノエは私を抱きしめたまま、至近距離で私の目をじっと見つめて、ゆっくりと瞬きした。
これって、猫の仕草で言うところの、「大好きだよ」だ……。気付いて顔が熱くなる。
「じゃあ俺もずっと影から見守ってる。危険だと思ったら助けに入る」
「ありがとう。もしその時は、私の口輪を取ってほしい。魔法さえ使えれば、こいつら全員かかって来ても敵じゃないから」
「ルカはあっという間に強くなったな」
コノエは珍しく優しく笑って、私の頬に自分の頬を当ててきた。
一瞬、キスされるのかと思ってドキッとしたのは秘密だ。
「じゃあ、またね。頑張るから。あ、口輪をしてくれる?」
私がコノエから離れると、彼は名残惜しそうに私の頬に触れていたけど、私の手から布きれを受け取り、後ろに回って巻いてくれた。まだ湿っている布切れは、とっても不快だけど、頑張ろう。
「そばにいる」
小さく呟くと、コノエは音も立てずに夜の闇の中に消えて行った。
私は結界を消して、木に寄りかかりながら息を吐く。ウィルとルーカスが追いつくかと思ったけれど、まさかコノエが来てくれたなんて。
嬉しさと、離れた寂しさが同時に襲ってきて、眠れそうにない。




