第五十一話・猫傭兵団の夜営
ひどい揺れと、体の痛みで目が覚めた。痛いはずだ、うつ伏せで体を二つ折りにしたような姿勢で、馬の鞍に括り付けられているのだ。馬が歩くたびに体のあちこちがぶつかって痛い。
怪我してもすぐ治る体だからまだ耐えられるけど、もし普通の体のままだったらーーそう思ったらゾッとした。平気でこんな風に人を馬に括り付けられる、多少の怪我や不快感、痛みなんてどうでもいいと思っている連中、それが青灰の傭兵団なんだ。
猫人というとコノエにヴァイス、それにサバディア村の猫人たちくらいしか知らなかったけれど、彼らがどれだけ優しくて温かい存在だったのかを今思い知った。
コノエがしきりに心配していた、猫王国に私の存在を知られること、その意味が、こういうことなんだろう。酷い扱いを受ける、それに命の保証もない。
落ちないように縄で縛ってあるとはいえ、馬の背で揺れる腹筋が、限界だった。擦れて痛いし、燃えそうなほど熱い。魔法を使えればこんな状況、すぐ変えられるのに。喋れないように口に布を巻かれているし、そのせいでよだれは止まらないしで、不快感と痛みで頭がおかしくなりそうだ。
キザリハにどんな魔法をかけてやろうか。こんな目に遭わせた張本人の、高慢チンチキな猫人。彼のためだけに特別な魔法を考えてあげよう。例えば、芋虫になって一生を送るとか、どうだろう? そうやって憎たらしい相手へどうやり返すかを考えると、つらさが少しは紛れた。
「止まれ」
微かに声がして、馬が止まる。やっと痛みが止まった。そして、私を括り付けていた縄が解かれ、やっと地面に下ろされた。下ろされたというよりは、投げられた、に近いけどね。
女神様のおかげで、痛みや不快感は一気に消え去った。この時ほど、この体に感謝したのは初めてだ。
辺りは闇夜で、月明かりだけが頼りだ。でも、ジーアスの月はとても明るい。初めてコノエと出会った夜も、月が明るかった……。
そういえば、私はもう猫王国にいるんだ、たぶん。コノエやヴァイスに会いたい。
宿に残してきたウィル達のことも気がかりだ。二人とも、仲直りできたかな。
周りを見回すと、なんと十数人の猫人がいる。皆、一様に揃いの服と革鎧を身に付けている。馬から降りて、草を食べさせたり、休ませながら、夜営の準備をしているようだ。
でも犬人と違って、テントを出したり快適な寝床を用意したり、火を焚いたりはしていない。
そういえば、コノエとヴァイスと旅した時もそうだった。猫人はあまり快適さを求めないというか、自然のままで過ごせるような体の作りになっているようだ。
手足を縛られて、なす術なく地面に転がっていると、一人の猫人が足音もなく歩み寄ってきた。
見上げると、月明かりに照らされて、茶色い髪の若い猫人が立っていた。
「水、飲むか?」
皮袋を目の前にぶら下げられて、私はうんうんとうなずいて見せた。口を縛る布を取ってもらえるチャンスだ。
だけど、猫人は一瞬だけ布をずらすと、今日に皮袋の口を捻り込んで、そのまま無理やり水を流し込んできた。
飲みきれなくてむせてしまう。女神様のおかげで怪我は治っても、むせるのは防げないみたい。
咳き込む私を見る猫人は、ちょっと哀れみを含んでいるように見えた。
「悪いけど、絶対しゃべらせるなって言われてるんだ。団長に楯突いたから、食事も抜きだって。さすがに同情するよ」
私はうぅーと唸り声を上げて抗議したけど、猫人は首を左右に振って、そのまま立ち去ってしまった。
傭兵たちは思い思いに腰を下ろして保存食みたいなものをかじっている。どうせ薫製だろうな。この世界では、猫人は食に関心がなさそうというか、手間をかけない。あと火を好まないようだ。
対して犬人は火は平気だし、食事は私の元いた世界となんら遜色ない。
冷たくてしょっぱいだけの保存食を食べるくらいなら、美味しいご飯にありつけるまで断食でもなんでもしてやるわ。
見ればキザリハは自分だけあれやこれやと色んなものを食べているようだ。部下には粗食を食べさせておいて、自分は干し肉やドライフルーツみたいなのを食べている。
あんな性格悪くて怒りっぽい団長に、よく部下がついていくなあと感心しかない。私がじとっと見ていると、自然に気づいてこっちを振り返り、手の中のドライフルーツを振って見せた。嫌味な笑顔と一緒に。
ロシアンブルーには懐かれたことがない。友達が飼っていて、家に遊びに行くたびに威嚇され引っ掻かれていた。家族にしか懐かないどころか、家族にも機嫌が悪いとそんな感じだって聞いていたので、キザリハの性格も仕方ないんだと思う。
でも! 元いた世界のロシアンブルーは美しい猫だから許せたけど、私の眼の前で嫌味な笑顔を貼りつけているこの男は、許せそうにない。
見た目は整っていて美青年でも通るかもしれないけど、にじみ出る性格の悪さが……。
「今、俺のことを悪く考えておるな?」
この神経質な猫人は、口輪をされている私の表情だけで考えていることが分かるらしい。そういえば、猫って目を合わせてるだけで敏感に感じ取ってたもんね。
私はぷいと目を逸らして横を向いた。それがお気に召したのか、キザリハは満足そうに目を細めて、また食事を再開した。
猫人傭兵たちは、テントも張らず、地面の上にマントや敷物を敷いただけで寝ている。
私はトイレに行くのと、水を飲むのは許されたけど、それ以外は敷物もない地面の上で横になっていた。宿で拉致された時のままの服だから、夜の外にいるのは少し肌寒い。たぶん女神様の加護があるんだろう、そこまで寒いとかつらいと感じることは無かった。
よく見ると肩の辺りに血がべっとり付いていて、それが自分の血だと気付くのに少し時間がかかった。
キザリハに何かを投げつけられて、頭にぶつかった。その時の血だろう。頭も髪もたぶん血で汚れてる。直る体だから良かったけど、そうじゃなかったら最悪もう死んでるのでは……そう考えるとゾッとした。
本当にありがとうございます、女神ファトゥム様。怪我しても治る体が本当にありがたい。
地面に横になっても眠れそうにないので、起き上がって木を背にもたれかかる。両手は縛られたままだし、今は逃げないように足も縛られていた。
ふと、背中に何かが当たったので振り返る。
「!!」
そこには月の光に照らされて、キラキラ輝く銀髪と、綺麗な形の白い耳を生やした猫人がいた。
水色と金色の不思議な瞳が、私を優しく見つめている。
コノエは人差し指を自分の唇に当てて、静かにするようにとジェスチャーしてきた。私は懐かしさと喜びで震える体を落ち着かせ、笑顔でうなずいた。




