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第五十話・追跡開始

 ウィルもルーカスも、犬種は違えど追跡は得意な種類に入る。もっと得意なのは緋騎士団の副団長ボクスだろうな、とルーカスは一瞬思うが、あの礼儀知らずの若造は残念ながら近くにはいないだろう。居たらこき使ってやるのにと思うと残念でならない。


 二人は宿の女中を見つけ、ルカの行方を問いただした。


「本当に申し訳ありません、幼い弟を人質に取られて、ルカ様を連れ出せと命令されたのです」


 泣きながら話す女中に、二人は彼女を責める気にはなれなかった。だが、ルカの行方は非常に心配だし、二人揃って喧嘩した挙句に、絶対守らなくてはならないルカから目を離した愚かさをーー心底悔やんでいた。


「誰に命じられたの?」

 まだウィルの方が喋ってくれるだろうと考えて、できるだけ優しく問いかけた。しかし、大切なルカを守れなかった憤りで、普段のような穏やかな空気は出すことができない。

 女中は震えて泣きながらも、必死に口を開いた。


「この町で争いを起こした、青灰の傭兵団です。ルカ様を拉致するって言ってました」

「その傭兵団は有名なの? その、町の人はみんな知ってる?」


 女中はこくりと頷く。ルーカスの方を見れば、知っている、と目で言っている。


「町長から聞いた。悪質な連中らしいな。窃盗、嫌がらせ、妨害、様々な問題行為。追い出そうとしたが出て行かず、警備兵や自警団を挑発して今回の戦闘になったそうだ」

「そうです……町の情報も筒抜けで、ルカ様が来られたのも知っていました。女神様の使いになんてことをしてしまったんでしょう、ああ、死んでお詫びしなくては」


 その場に崩れ落ちる女中をウィルが抱きとめた。しっかりと抱きしめ、女中の頬をそっと優しく撫でる。ウィルの整った甘いマスクが目の前に広がり、女中は頬を赤らめた。


「死ぬなんて言わないで。あなたを責める資格は僕らにはない。もし知っているなら、その傭兵団のアジト、それか行き先を教えてほしい」

「アジトは、猫人自治区にあると思うのですが、入ったことがなくて……あっ! ルカ様を王国に連れて行くようなことを言っていました」

「猫王国か」


 女中の言葉に、ウィルとルーカスの顔色が一気に青ざめる。

 ウィルは女中を抱いていた手をそっと離し、その背をポンと叩いた。


「僕たちはこれからルカ様を助けるため出発するけど、死のうだなんて絶対に思わないでね。それから、町長にこの事を伝えて、町長から王宮へ早馬を出すよう伝えてほしいんだけど、お願いできるかな?」

「は、はい!」


 ウィルを見る女中の目は明かに熱を帯びていた。ルーカスは気付かれないようにそっとため息を漏らす。大抵の女性はこうしてウィルの優しい口調や甘いマスクに引き寄せられるが、当の本人は、引き寄せられない女性の方がお好みらしい。


 女中は小さく礼を言って町長の家へ向かって行った。その背が見えなくなったところで、ルーカスは改めて大きなため息をついた。


「罪作りな奴だな。こんな国境の町にまでお前を好きな女が居るのは、どんな気分だ?」

「そんなつもりでやったんじゃないんだけどね。女性には優しくするのが騎士道でしょう。ルーカスも笑顔を見せたらみんなイチコロだと思うよ」

「俺はそういうのは興味ない。それより、どっちへ向かう?」


 二人は上着を着て、荷物を持って馬屋へ向かう。


「もうかなり時間が経ってしまったよね」

「ああ。猫王国に向かうか……」


 ウィルはぎゅっと拳を握りしめた。ルカと出会ったのも、町は違えど国境だった。あの時、不安そうに震える小さな彼女を見つけた時、ウィルは喜びで全身が震えるような感覚に陥った。


 それまで、女神ファトゥムや、その使いとして語られているニンゲンに、あまり興味はなかった。自由奔放に生きるのが自分の道だと思っていた。蒼騎士団の副団長の地位も、正直なところあまり興味は無かった。剣の腕が立ち、家柄が良いからという理由で副団長に推薦され、特に嬉しいとも思わないまま副団長になった。好みの女性とはなかなか巡り会えなかったが、その分、恋多き男として名を馳せていた。


 副団長として、和平後の猫王国へ行く仕事は、なんとなく楽しめそうな気がしていた。猫人の女性はとても美人が多く、ウィルは彼女達の匂いが好きだった。だが、予想に反して猫人達は犬人を毛嫌いし、犬人ならば誰もが好意的に見るであろう自分を、まるで化け物を見るような目で見ていた。


 失意と不満を抱えて帰路についた矢先に、不思議な匂いのする女性を見つけた。猫人に会った後だからすぐに分かった。犬人、猫人、どちらでもない、この女性こそがニンゲンなんだ、と。

 想像を超えた可愛らしさ、良い香りに、爪先から頭の天辺まで、痺れるような感覚に陥ったのだ。


 その時からずっと、ウィルは狂おしいほどにルカを欲してきた。

 ルカの方は恋愛には興味が無さそうな素振りをしているが、次第にこの世界で落ち着けば、きっと一番身近にいる自分のことを必要とするはず、だから絶対に離れまいと心に決めていた。

 ルカが自分だけに笑いかけたり、頬を赤らめたり、あの柔らかい手で触れてくれたら。


 ウィルは、そのために生まれて、今日まで生きてきたのだと確信していた。

 それなのに。


 ルーカスに先導されながら、夜明けが近づいてきた地平を限界に近い速度で馬を走らせる。ルカを連れているのなら馬車での移動なのではないかと思ったが、狡猾で身軽な猫人、しかも傭兵団。恐らく追跡を警戒して、馬車や目立つような移動手段は使っていないのではないか。


「もう猫王国の中だ。何かあっても自分の身は自分で守れよ」


 ルーカスが話しかけてきた。彼も相当焦りと悔しさを滲ませている。それを表に出すまいとしているのも見て取れるが、それでも滲み出ていた。王直属の、王国随一の騎士が、まさか守っていたルカを拉致されるなんて、本人は相当ショックだろう。


「当然だ。ルカ様に何かあれば、ただじゃおかない……」


 普段温厚で、天真爛漫を称されるウィルの瞳が、今はただただ獲物を狙う獰猛な獣のそれに変わっていた。

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