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第四十七話・回復魔法

 私が声をかけた作業服姿の犬人は、バルトーで病院をやっている医者だという。案内されたのは、上半身が裸で、そこに包帯をぐるぐるに巻かれている犬人だった。

 包帯からは血が滲み、臭いもすごい。熱も出ているようで、顔色も悪く、嫌な汗をかいて苦しそうにしている。


「意識もだんだん薄れています。猫傭兵団の奴らにやられた傷が深く、感染症も起こしているようで、手の施しようがありません」


 苦しそうに医者が言った。ウィルは私の目を覆おうとしたけれど、私が手でそれを跳ね除けた。

 もし私が医者だったら、きっと、この患者が助からないこととか、自分の力不足を嘆いていただろう。私には何の才能もないけれど、魔法の力はある。この力は、こういう苦しむ人を助けるために授かったんだって、今は胸を張って言える。


 私は両手を広げて一番ひどい怪我の上に手をかざした。


「今、助けますから」


 そう呟くと、自分の意識も、この怪我人を治そうとして気が引き締まる。心の中で、この犬人が、すっかり元気になって、喜びの笑顔で起き上がっている姿や、普通の生活を送れている姿を想像した。それを想像することが、回復させるための大事な作業のように感じたから。


「傷よ、癒えろ」


 小さく呟くと、両手から淡い光が出てきて、私の手や怪我をしている犬人の周りを銀色の光がふわふわ飛んだ。まるで花火のようだけど、穏やかにゆっくりと動くその光は、花火と違って熱さはなく、ふんわりと暖かさを感じるものだ。


 銀色の光は拳ほどの大きさから、爪先までのものまで大小様々で、それがどんどん怪我をしている体に吸い込まれて行く。犬人の苦しげな呻き声が止まって、穏やかな寝息に変わって行くのが分かった。


 私はと言えば、心臓の鼓動がだんだん早くなり、長距離走を走っているような感覚に陥る。魔法を使いすぎると頭痛や疲労感があるのは分かっていたけれど、それにしても今度のはかなりキツい。治す傷が深いせいだろうか。体の中から体力気力をどんどん吸い出されている感覚が襲ってくる。


 だんだん光が収まってきたので、息を長く吐いて、かざしていた両手を自分のお腹のあたりに下げた。


「奇跡だ! 女神様の使い、ルカ様が奇跡を起こされた!」


 そばで見ていた医者が、穏やかに眠っている犬人の傷や熱を調べながら、我慢できずに声を上げた。血や膿で汚れていた包帯の下は、健康的な体があるだけで、命に関わる大怪我をしていたとは思えないくらい、綺麗に回復していた。


 私はほっとしつつ、どこかに座りたいと思って視線を泳がせた。すると、ウィルがすぐ私の体を抱きかかえて支えてくれた。


「大丈夫ですか、お辛そうに見えます……」


 悲しそうにウィルが耳許でささやいた。私は出来る限りの笑顔を浮かべて、でもたぶん苦しそうな顔を隠しきれなかったとは思うけど、ウィルに「大丈夫」と返した。


 医者や神殿に仕えている犬人たち、そして看護師というのか、怪我人の世話をしている女性たち、それに軽い怪我なのか意識がはっきりしている者たちが、「奇跡だ!」と口々に騒いでいる。その騒ぎがどんどん大きくなりそうで、胸の中で不安が波打つように揺れている。


 私はウィルに支えられながら、片手を上げて、神殿にいる犬人みんなの注意を向けた。

 それまで騒いでいた皆が、スッと静かになった。私の想像を超えた速さで、一斉に口をつぐんだ。私は疲労と緊張で震える手を下ろし、普段通りのトーンで声を出す。


「私は女神様から魔法を使える力を授かりました。怪我をしている方の、怪我が重い方から順に、回復していきます。先ほど回復した方がまだ疲れて眠っているので、騒がずに待っててください」


 しんと静まり返った神殿で、私の声が驚く程遠くまで響き渡った。皆、必死に頷いている。中には首を垂れて祈りのポーズをとっている犬人もいた。

 私を支えるウィルの手にぐっと力がこもる。


「ルカ様、ちょっとお休みになってから治療再開しませんか? こんなに疲れているのにまた魔法を使うなんて……」

「せめて重症の方は先に回復してあげたいの。私は休めば治るから、心配ないよ」

「では重症でない者は後回しにしましょう。重傷者の回復が終わったら、すぐ! 休んでいただきます」


 ウィルの顔は少し怒っているような、心配しているような、ちょっと複雑な表情をしていた。耳が前に垂れているので、なんだか悲しげにも見える。心配かけて申し訳ないな、と思ったけど、ウィルはいつでも過保護すぎるくらいなので、気にしないようにしよう。


 医者に次の重傷者のところへ案内してもらい、同じように回復魔法をかける。立っているのが辛いので、椅子を持ってきてもらった。

 三人ほど治療したところで、ウィルが、


「もう今日命を落としそうな重傷者はいないですよね」

 と、神殿をぐるっと見ながら言った。その目は医者を睨んでいるようにも見える。


「は、はい。命に関わる怪我の者は以上です」

「では、ルカ様はお休みになられますので。町長!」


 ウィルが大声で町長を呼びつける。入り口のそばでルーカスと立っていた町長が、お慌てで飛んできた。ルーカスも静かに歩いてくる。


「ルカ様は魔法を使い過ぎて具合が悪いので、休ませて差し上げたい。なるべく綺麗で快適な場所で。案内して下さい」

「は、はい。ルカ様、皆の命を救っていただき、本当にありがとうございます。私の家は質素な作りですので、町で一番良い宿にご案内いたします」

「ありがとうございます……」


 私はお礼を言ったけど、息も絶え絶えで、小さな声しか出なかった。前の世界で一度だけ走ったことがある、ハーフマラソンを走った後のようなひどい疲労と筋肉痛、喉の渇きもある。


 それまで静観していたルーカスが、そっとそばに来て、革袋の口を開けて私の口に当ててきた。私を抱きかかえているウィルは、ルーカスが近くに来てぎょっとし、体に力を入れる。


「ウィリアム、今は自分の感情よりルカ様の体を気遣え」

「……言われなくても分かっている!」

「本当にそうか? ルカ様、かなり喉の渇きがあるようなので、飲んでください。ただの水ですが」


 私は感謝を示したくて、やっとの思いでうなずいて、ルーカスが傾けた皮袋から流れてくる水を必死に飲んだ。かなり楽になった気がする。


「ありがとう、ルーカス」

「どういたしまして。では、町長、案内願います」


 気のせいかも知れないけど、ウィルがかすかに震えている気がした。気になって顔を見上げると、いつものウィルとは別人のような、苦しそうな表情の顔があった。

 きっと、ルーカスに対して強い劣等感があるんだろうな。誰しもそういう感情はある。強いか弱いかだと思う。ウィルは何度も負けて恥ずかしい思いをした、と今も思い込んでいて、ルーカスの一挙一動、一言、すべてが怖いんだろうな。

 私の考えすぎならいいんだけど。


 町長は神殿の前に自分の馬車を手配してくれていて、馬車で町で一番高級な宿に連れて行ってくれた。宿の一番良い部屋に案内され、ウィルがベッドに寝かせてくれた。


 全身の倦怠感は薄れてきたものの、今度は激しい頭痛が襲って来ていた。視界がチカチカするほどで、頭を抱えて呻きたい衝動に駆られる。魔法の使い過ぎってこんなにしんどいの? 一瞬後悔しそうになったけど、よく考えたら、私は今日、四人の犬人の命を救ったんだ。命を救った代償がこの頭痛なら、可愛いものだろう。そう思えると、なんとか頭痛も耐えられそうだ。


 ルーカスは町長と話があると言って出て行き、部屋にはウィルと私だけになった。

 ウィルが濡らした布を私の額に当ててくれる。


「無理ばかりされて。僕が今どう思っているか、教えてあげましょうか。あなたはすぐ治る、大丈夫だって言うけど、もしこのままあなたの体調が悪くなったら? もっとひどいことが起きたら? そう思って震えそうですよ」


 耳や尻尾は普通だけど、瞳に悲しそうな色が浮かんでいた。私は痛みに耐えながら笑顔を作る。


「心配かけてごめん。でもウィルって、私の心配をするのが日課になってるよね。ふふ、心配性すぎ」

「……そんな辛そうな顔で、無理して笑わないでください」


 ウィルは私の手を握りしめて、必死にこっちを見ている。

 このひどい頭痛が治ったら、ウィルとルーカスのことをなんとかしてあげたいとぼんやり思った。天真爛漫なウィルが苦しんいる姿は、似合わない。ルーカスもウィルと仲良くしたそうだったし。


 そのまま、ウィルの温かい手の温もりを感じながら、気絶するように意識が途絶えた。

ブックマークや★の応援、ありがとうございます。もう少しで久しぶりの猫人たちが登場します。

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